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ファーストフレンド 1

 その日の放課後、鳴と雪生はいつもよりもかなり遅い時間に校舎を出た。昼休みの生徒会業務がほぼなにもこなせずに終わってしまったからだ。 「すべてはおまえの身勝手な振る舞いのせいだ。業務の遅れを今日中に取りもどせ」  雪生は鳴にそう命じたが、鳴をひとりで居残りさせるような真似はせずに自分自身も居残って、ついさっきまで生徒会業務を片づけていた。  いつもより遅くなったせいか帰り道はしんとしている。ふたりの他に人影はない。 「……このごろずいぶん日が長くなったねー。あと二ヶ月もすればもう夏かー」  今から夏休みが待ち遠しい。鳴は夏休みのあいだは実家に帰るつもりだが、雪生はどうするんだろう。意外と淋しがり屋なところがあるから、鳴が実家に帰ると告げたら駄々をこねるかもしれない。 (ゴールデンウィークのときみたいに俺の実家にきたりして。いや、待てよ。超のつくセレブなんだから夏休みは避暑地や海外のリゾート地で過ごすのかも) 「それにしてもお腹空いたなー。今日の晩ごはんはどうしよっかなー」 「おまえは食べることばかりだな」  鳴とならんで歩きながら、雪生が呆れた口調で言った。鳴を見る目がいつも以上に冷ややかなのは、翼とメイド喫茶にいったことをまだ根に持っているからかもしれない。 (クールそうに見えるのに、ほんっと焼きもち妬きだなー)  生徒会での友達は雪生だけ、と言い切ったばかりなのに、翼とも友達になったことが悔しいのかもしれない。  焼きもちを妬かれていると思うと口許がにやにやしてしまう。口に出そうものなら公道でキスされかねないので絶対に口には出さないが。 「……なんだその不気味なにやにや笑いは」 「えっ? いや、なんでも――」  鳴が慌てて誤魔化そうとしたときだった。  道の少し先に止まっていた外車のドアが開いた。ウルトラマリンの艶やかな車体。あのエンブレムはアウディだ。  中からスーツ姿の男が出てきて、まっすぐ鳴たちへ向かってくる。雪生はぴたりと足を止めた。鳴もつられて立ち止まる。  男は二十代半ばほどで背が高く、いかにもお高そうなスーツを身にまとっている。イケメンの部類だが、どことなく地味な印象はぬぐえない。  男は鳴たちの手前で足を止めた。 (どこかで見たような……って、雪生のお兄さん!?) 「兄さん、いったいこんなところでどうしたんですか?」  雪生はびっくりした様子で目を丸くしている。どうやら待ち合わせをしていたわけじゃないらしい。  雪生の兄、月臣の表情は穏当とは言い難い。眉が険しく寄っている。 「聞いたぞ。雪生、おまえ跡取りレースから離脱する気だそうだな?」 「ああ、父さんたちから聞いたんですね。ええ、子供のころからの夢を追いかけることにしました。人生は一度きりですから。夢を叶える努力もせずに終わりたくはないな、と思ったんです」 「……そうすれば俺に跡取りの座も譲れるし、か?」  やさぐれた口調だった。  鳴はおろおろしながら桜兄弟を見つめていたが、 「車に乗れ。静かなところで話がしたい」  月臣は弟の腕をつかむと、強引に車へつれていこうとした。 「待ってください。一旦寮にもどって着替えを――」 「そんなことを言って、どうせ家に連絡を取る気だろう。いいから乗れ」  後部座席のドアを開けて、雪生を押しこめる。相手が親愛なる兄のせいか雪生の抵抗は弱い。ほぼされるがままだ。 (えっ、ど、ど、どうしよう……! このままだと雪生が攫われる)  月臣の様子を見るかぎり、穏やかな話し合いができるとは思えない。きっとまた雪生が傷つくようなことを遠慮なく言うはずだ。  いや、それだけで済めばまだいい。邪魔な存在を闇へ葬り去るつもりでいるのかも―― 「おまわりさーん! 誘拐でーす! ここに誘拐犯がいまーす! ヘルプ! ヘルプミー!」  両手でスピーカーを作り、腹の底から大声を出す。  月臣はぎょっとした表情で鳴を振り返った。

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