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ファーストフレンド 5

 料理はアミューズから始まった。  雪生に訊いたところアミューズというのは目と口を楽しませてくれる軽い料理のことらしい。  とにかく見た目が繊細で、女子なら「きゃー! かわいいーっ! インスタ映えー!」と歓声を上げて写真を撮っているところだが、生憎と鳴は男子だ。繊細な見た目よりもがっつりした中身を愛する男子なのだ。  続いて出てきたオードブルも、その後の魚料理や肉料理も、料理はどれもこれも凝っていたが、どうにもこうにも食べた気がしない。皿の余白を埋めて欲しいと思ってしまう。  料理を食べているあいだ月臣はずっと無言だった。眉間に皺を寄せながら黙々と料理を口へ運んでいる。なんだか消化不良を起こしそうな食べかただ。 「あのー、雪生のお兄さんってどんな女の人がタイプなんですか?」 「私のタイプが君にどんな関係があると?」  どうせだったら会話を楽しみながら食べたほうがいい。鳴は気を遣って話しかけたのだが、冷ややかな怒りを浮かべた眼差しで睨みつけられてしまった。 「くだらない質問はやめてくれ。知能指数が下がりそうだ」  好みのタイプを訊いただけなのにえらい言われようである。 「えーっと、じゃあ、今年の経済の展望についてどうお考えですか?」 「……君は私を馬鹿にしているのか? このフォークで肉のかわりに君を刺してやろうか?」  今度は凄まじい目で睨まれてしまい、鳴は肩を小さく竦めた。  隣の席の雪生はさっきからずっとうつむいたままだ。その肩がかすかに震えていることに鳴は気づいていた。どうやらまたなにかがツボにはまったらしい。 (……金持ちって怒るポイントも笑うポイントもよくわかんないな。やっぱり庶民とは感性がぜんぜん違うんだろうなあ)  月臣が話を切り出したのはデザートのソルベがテーブルにならんだ後だった。 「雪生、どういうつもりでSAKURAに就職しないなどと言い出したりしたんだ」  月臣の双眸は真向かいに座っている雪生の顔へまっすぐ注がれている。 「SAKURAに就職したくないというわけじゃありません。子供のころからの夢を追いかけるためには、SAKURAは諦めなくてはならない、というだけです」 「ああ、宇宙飛行士になりたいんだったな。子供のころはたびたび聞かされたが、まさか未だにそんな夢を追いかけているとはな」  月臣は鼻でふんとせせら笑った。その顔を見つめ返す雪生の顔は穏やかだ。鳴ひとりがハラハラしながら事の成り行きを見守っている。 「宇宙飛行士になんかなってどうするんだ? 人類が宇宙にいくことにどんな意義がある? 宇宙開拓なんていうものはロボットに任せておけばいいんだ」 「意義、ですか?」 「宇宙飛行士になって火星にいきたい。父さんにそう言ったらしいが、いったい火星になにがあるというんだ? 莫大な国家予算を注ぎこむ価値があるのか? 私にはとてもそうは思えない。レアアースの宝庫だとしても、リスクを冒してまでロボットではなく人間が火星までいく理由がどこに?」  雪生はデザートスプーンに手を添えた格好で黙って兄の話を聞いていた。 「ロボットではなく人間の目で確かめる、というだけでも価値はあると思います。人間の五感をロボットに搭載するのは、今の科学技術では不可能ですから。でも、なによりも人類がまだ到達していない場所があるのならそこに立ちたい。それが僕が火星を目指す理由です。登山家が命を賭けてまで山に登るのと同じです」  雪生の口調は淡々としていたが、それでいて情熱を感じさせた。月臣はくだらないと吐き捨てるとペリエの残りを飲み干した。

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