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ファーストフレンド 6

「それに僕が宇宙飛行士になることはSAKURAの利益にも繋がります」 「SAKURAの利益?」  雪生は兄の胡散臭げな視線を気にする様子もなく、黙ってうなずいてみせた。 「兄さんもご存知でしょうが、父と祖父は近い将来SAKURAエアラインズを宇宙旅行事業に進出させるつもりです。僕が宇宙飛行士になれば有人宇宙飛行のノウハウをSAKURAに還元できます。それに――」 「そんなことはどうでもいい」  空になったグラスをテーブルへもどし、横暴に言葉をさえぎる。 「おまえがSAKURAに就職しなかったら、次の代表取締役は必然的に私が選ばれるだろう。代表取締役という立場を手に入れるのと同時に、弟に譲ってもらったという不名誉まで背負うことになるんだ。それをわかっているのか?」 「えっ、でも、それってお兄さんの問題であって、雪生は関係なくないですか?」  思わず横から口をはさんでしまった。早々にデザートを食べ終えてしまったため、することがなくて退屈だったというのもある。 「君は黙っててくれ。君には関係のない話だ」  今まででもっとも凄まじい目で睨まれてしまった。が、鳴は怯まなかった。  せっかく雪生が宇宙飛行士の道を目指そうと決意したのだ。フォローくらいはしてあげたい。 「関係なくなんかないですよ。雪生は大切な友達なんですから」 「友達? はっ、馬鹿馬鹿しい。友達なんていうものがなんの役に立つ? まあ、雪生には色々と利用価値があるだろうけどな。なにせ桜家のご子息だ。薄っぺらい友情ごっこでこの先の人生が有利に働くんだから安いものだ。せいぜい友情ごっこをがんばってくれ」 「あのですね、雪生のお兄さんならわかってると思いますけど、雪生は俺に利用されるほどマヌケじゃないですよ。桜家なんてそんなもの俺にはどうでもいいし、ただ雪生と友達だってだけです」  鳴は真っ向から月臣を見据えた。  月臣がいくら雪生を忌み嫌おうと、雪生はいまだに兄である月臣を慕っているのだ。月臣のためにSAKURAの跡取りレースからずっと下りられなかったほど。  その気持ちを少しくらい汲んであげて欲しい。 「友達、友達と青臭いことだな。そんなことを言っていられるのも子供のうちだけだ。今はまだわからないだろうけどな」 「えっ、友達は大人になってもずっと友達じゃないですか。お兄さんにだって子供のころからの友達がひとりくらいいるでしょ」  月臣の表情がピシッと固まった。かと思ったら視線が頼りなげにテーブルへ落ちる。  ひょっとして訊いてはいけないことを訊いてしまったんだろうか。 「……えっと、まさか友達がひとりもいない、とか?」 「鳴」  雪生はたしなめるように鳴の名前を呼んだ。  気まずい空気が個室に流れた。手つかずのソルベが空しく溶けていく。 「え、えーっと、まあ、世の中にはそういう人もいますよね。大丈夫! 友達なんかいなくたって楽しく愉快に生きていけますよー」  鳴はあはははははとわざとらしい笑い声を立てたが、場の空気はますます重くなるだけだった。  月臣の背後の空気が暗く澱んで見える。友達なんて馬鹿馬鹿しいと言っていたが、ひょっとしたら友達がいないことにずっと劣等感を抱いていたのかもしれない。 「あ、そ、そうだ! お兄さん、俺と友達になりましょうよ! ほら、これで友達がひとりもいないわけじゃなくなった。よかったよかった。めでたし、めでたし」 「……君が私の友達に?」  月臣は胡散臭げな視線を向けてきた。 (えっ!? ちょっと食いついてきた?)  まさかの反応である。くだらないことを言うなと一刀両断されるものと思ったのに。 「は、はい。俺がお兄さんの友達にです。ちょっと歳は離れてますけど問題ありません。友情があれば年の差なんてって昔からよく言うし。あ、そうだ。チャットアプリのID教えますから。悩み事とか仕事の愚痴とか弟の悪口とか送ってきていいですよ」  鳴がスマートフォンを差し出すと、月臣は胡散臭げな目つきはそのままに自らもスマートフォンを出してきた。  けっきょく月臣の話は中途半端なままに食事は終わりとなった。

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