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ファーストフレンド 9
美しく磨かれたアウディで訪れたのは、原宿にある某ハンバーガーチェーン店だった。
店は今日も今日とて中高生や大学生と思しき若者たちでにぎわっている。鳴みたいに制服姿の客も少なくない。
月臣はほんとうにこの手の店にきたことがないらしい。店内を興味深そうに見回した。
「……ずいぶんと騒がしいな。とても食事をする環境とは思えない。それにテーブルが小さ過ぎやしないか。少しでも多く客をつめこもうという魂胆が見え見えだ」
ぶつぶつと文句を言いながらもチーズバーガーとフライドポテト、それにウーロン茶のセットを注文する。
ふたりはそれぞれのトレイを手に空いている席を見つけて腰を下ろした。
「ポテトは熱いうちに食べたほうがいいですよ。冷めちゃうとがくっと味が落ちちゃいますから」
鳴が助言すると、月臣は素直にポテトから食べ始めた。ポテトを口に入れるやいなや眉をぎゅっと寄せる。次にハンバーガーを囓ると、眉間の皺はますます深くなった。
その顔を見れば口に合わなかったのは一目瞭然だ。口に出さないのは場の空気を読んだのかもしれない。
「……美味しいとは言い難いが、値段を考えればあまり文句は言えまい。あまり金を持たない若者向けの店なんだろうし」
この味を美味しいと思えないなんて、きっと日ごろからよっぽど贅沢をしているんだろう。羨ましいような羨ましくないような。
ジャケットのポケットの中で短いメロディが響いた。スマートフォンを取り出すと、雪生からメッセージが届いていた。
『いったいどこにいるんだ。まさかいつもの帰り道で迷子になってるんじゃないだろうな。いくらおまえがマヌケでもそこまでじゃないと信じたいが、おまえだけにありえるのが恐ろしい』
しまった。雪生に連絡するのをすっかり忘れていた。今日の夕食はいらないと言っておかなくては。
「あ、そうだ。お兄さん、写真一枚いいですか?」
鳴は気難しい顔でハンバーガーを食べている月臣へスマホを向けた。
「写真を撮ってどうするつもりだ」
「雪生に送ってあげようと思って。お兄さんと遊びにきてるって知ったら、きっと驚きますよ。はい、チーズ」
ハンバーガーを片手に仏頂面をしている月臣の写真を送信する。
『ななななんと!雪生のお兄さんとハンバーガーを食べにきてまーす♪あ、今日の晩ごはんいらないからね。雪生のお兄さんとどこかで食べてから帰るよ』
次いでメッセージを送ると、
『は?』
二文字のメッセージが一瞬で返ってきた。
『おまえと兄さんがどうして一緒にいるんだ』
『俺にひと言の断りもなく、それもよりによって俺の兄と遊びにいくな』
『今すぐに帰ってこい』
『これは命令だ』
次から次へとメッセージが送られてくる。
『だってほら、俺とお兄さんは友達になったから♥門限までには帰るから心配しなくていいよー』
「……君、私が目の前にいるのにスマートフォンに集中するのは失礼じゃないか」
顔を上げると、ますます仏頂面になった月臣が鳴を睨んでいた。
「あ、ごめんなさい」
月臣の言う通りだったので慌ててスマホを鞄に仕舞う。
「えーっと、これからどうしましょう。お兄さん、いってみたい場所とかやりたいことありますか?」
「そのお兄さんというのはやめてくれないか。私は君の兄になった覚えはない」
「えーっと、桜さんと月臣さん、どっちにしましょう」
「下の名前のほうがいい。……ほら、そのほうが友達らしいだろ」
友達のところだけやっぱり声が小さくなる。堂々とした振る舞いからはとてもそうは見えないが、どうやら彼は激しく照れ屋のようだ。
「じゃあ、俺のことも君じゃなくって鳴って呼んでください。そのほうがもっと友達っぽいでしょ」
鳴がにっこり笑って言うと、月臣は口許をわずかに緩めた。照れくさそうな笑顔に、出会ってから初めて親近感が湧いた。
「そうだな……友達っぽいな……」
なんだ、そんな顔でも笑えるんじゃないか。素の笑顔をなかなか見せないところは雪生によく似ている。似ていない兄弟だと思っていたが、似ている一面もあるようだ。
「君――鳴はカラオケにはよくいくのか? 私は一度もいったことがないんだが」
「よくってほどじゃないですけど、中学のころは偶にいってましたよ。これからいってみますか?」
「そうだな。後学のためにいってみるとしよう」
ハンバーガーを食べ終わった鳴たちは、次にカラオケボックスへ向かうとこにした。
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