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ファーストフレンド 10
ふたりはハンバーガーチェーン店のすぐ近くにあったカラオケ店へとやってきた。
六畳ほどのスペースにソファーとテーブル、カラオケの機器が詰めこまれたごく一般的なカラオケボックスだ。
「月臣さん、カラオケ初めてなんですよね。じゃあ、まず俺が見本に歌いますから、月臣さんは曲のリズムに合わせてタンバリン叩いたり、マラカス振ったりしてください」
鳴はモニターの棚からタンバリンとマラカスを取り出して、月臣に手渡した。
月臣は哲学的難問に出くわしたような顔で打楽器を見つめたが、この私がそんな道化のような真似ができるか、と怒り出しはしなかった。
「わかった。善処しよう」
「いや、そんな政治家の答弁じゃないんだから……。ええっと、じゃあとにかく歌いますね」
鳴は歌い慣れたカラオケの定番曲を入れると、マイクを握りしめてソファーの前にポジションを取った。月臣も右手にタンバリン、左手にマラカスという格好で立ち上がる。
鳴は歌い、月臣は打楽器を振る。曲が終わるまでずっと月臣は直立不動で打楽器をしゃんしゃんと振り続けた。眉間を寄せて唇を引き結んだ、まるで死地に赴くごとき表情で。
(もうちょっとこう……楽しそうにするとか、リズムに合わせて身体を動かすとか……。いや、でも月臣さんにとっては初めての経験なんだもんな)
「月臣さん、ばっちりです! カラオケの才能ありますよ!」
褒められて伸びるタイプを自覚している鳴は、月臣も褒めて伸ばすことにした。
月臣はホッとした様子で微笑を浮かべた。どうやら初めての体験に少なからず緊張しているらしい。生真面目というか不器用というか。
(そういえば雪生もお兄さんのことを不器用な人だって言ってたっけ……。きっと悪い人じゃないんだよな。あの雪生がいまだに慕ってるくらいなんだから)
「じゃあ、次は月臣さんの番ですね。なにを歌うか決めました?」
「……そうだな、どの歌にしようか」
月臣はやっぱり哲学的難問を突きつけられたような表情でタブレットを握りしめている。
「よし、最初はやはりこの歌しかないだろう」
スピーカーから厳かに流れてきたのは日本国民なら誰しもが何度となく耳にしたことのある曲――
「……き、君が代!?」
鳴はポカンとして月臣とカラオケのモニターをながめた。
月臣は気難しい表情を崩さずに粛々と君が代を歌い上げる。その目がちらっと鳴を、次にテーブルにおかれたタンバリンとマラカスを見る。
鳴ははっとしてタンバリンを手に取った。君が代に合わせてしゃららん……しゃららん……とタンバリンを静かに振る。
(君が代にタンバリンって……)
いいんだろうか。なんだか激しく罰当たりな気がする。
君が代という選曲はどうかと思うが、月臣の歌声そのものは素晴らしかった。音程といい声量といい感情をこめた歌いっぷりといい、プロの歌手顔負けである。
月臣は歌い終えると満足したように長い溜息を吐いた。
「……どうだった?」
「素晴らしかったです! まるでプロの歌手みたいでした!」
惜しみない賛辞と拍手を送る。月臣はやや恥ずかしげだったが嬉しそうに笑った。
「カラオケはいいものだな。大声で歌うとそれだけでストレス解消になる」
「次も月臣さん歌ってくださいよ。初カラオケなんだし」
「いいのか? ……それじゃあ」
次に月臣が選んだのは仰げば尊し、その次は蛍の光だった。学校の式典ソング縛りだろうか。
美声ではあるがテンションが下がるのは否めない。
「……あのー、月臣さん。どれも名曲だけど、もっとこうなんていうか今どきなレパートリーはないんでしょうか。最近のじゃなくって高校時代に聴いていた曲とかでもいいですから」
「高校のときは勉強に明け暮れていて、流行りの歌はまったく聴かなかったんだ。……ひとつだけ好きなバンドはあったが、君――鳴は知らないだろうな」
「誰ですか?」
「クイーンだ。イギリスのロックバンドの」
名前くらいは聞いたことがあるが詳しくは知らない。が、ロックバンドなら君が代や蛍の光よりもカラオケにふさわしい曲なのは間違いないはずだ。
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