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ファーストフレンド 11

「じゃあ、次はそれを歌ってくださいよ」 「いや、外国の曲なんてカラオケにはないだろう」  鳴はチッチッチッと舌を鳴らしながら人差し指を左右に振った。 「カラオケを舐めちゃいけませんよ。メジャーな洋楽くらいちゃーんと入ってますからね」  月臣は半信半疑といった顔つきだったが、 「……あった」  タブレットを両手で握り締めながら呆然とした様子で呟いた。 「しかも、こんなにもたくさん入っているのか」 「じゃあ、次はクイーンを歌ってくださいよ」  月臣は呆然とした表情のまま次の歌を入れた。が、イントロが流れ出した刹那―― (か、顔つきが変わった……!?)  そこから先は月臣の独壇場だった。スーツのジャケットを雑に脱ぎ捨て、きっちりセットした髪を振り乱さんばかりに熱く歌い上げる。  今度は鳴が呆然とする番だった。 (す、すご……。君が代も上手かったけど、クイーンは情熱が迸ってるっていうか)  地味なイケメンの印象はもうどこにもない。鳴の目の前でマイクを握りしめているのは、色気すら感じさせる熱情の男だった。  タンバリンを振るのも忘れて聴き入ってしまう。 「……久々に歌ったな。もう長いあいだ聴いてもいなかったが、案外覚えているもんだな」  月臣は放心気味に呟くと、鳴の隣に腰を下ろした。飲みかけのウーロン茶をひと息に飲み干す。 「……月臣さん、昔バンドのボーカルやってたとかですか?」 「え?」  不思議そうな視線を鳴に向ける。 「いや、だって、本物の歌手みたいだったから。すごすぎて鳥肌立ちましたもん」  鳴は勢いこんで言った。  当たり前だが歌詞はすべて英語で、意味は断片的にしかわからなかった。それなのに感動してしまった。 「バンドはやっていない。やりたいと思ったことがないわけじゃないが、大学卒業までずっと勉強に明け暮れていたからな。……クイーンに出会ったのも受験勉強の最中だった。深夜のラジオから流れてきたんだよ。それまではラジオから流れる音なんて毒にも薬にもならないただのBGMだった。でも、クイーンは違った。勉強するのも忘れて聴き入ってしまったよ」  月臣は昔を懐かしむような眼差しで語った。  どうやら天才肌の弟と違い、兄は努力家の秀才タイプのようだ。 (雪生みたいな弟がいたら、ちょっとしんどいかもしれないな……。俺みたいな凡人なら『俺の弟すげー! マジ天才!』って崇めて自慢するだけだけど、なまじ優秀な人はコンプレックス抱いちゃうよなあ)  いくら努力しても追いつけない背中。ましてそれが弟の背中だとしたら。  鳴は月臣の気持ちが少しだけわかった気がした。 「クイーンをヘッドホンで聴きながら大声で歌うのが、あのころのストレス解消法だったな」 「じゃあ、これからはカラオケで歌ってストレス解消ですね」 「……いや、ここにひとりでくるのはちょっとハードルが高い」 「いやいやいや、今どきひとりカラオケなんてふつーですって。めずらしくもないですし、俺でよかったらまたつき合いますし。あ、会社の人を誘ってみるのは?」  社会人なら同僚や後輩がいるだろうと思って提案したのだが、返ってきたのは苦々しい表情だった。 「……私につき合ってくれるような人間はいないよ。君にも想像つくだろう? 社内での私は嫌われ者だ。代表取締役の息子に楯突く者はいないがね」 「あー……」  鳴はパーティーでの月臣の態度を思い出した。やたら刺々していてハリネズミみたいな人だ。そう思ったのを覚えている。  きっと社内でもそんな感じなんだろう。 「でも、それって月臣さんが会社の人たちと交流を持たないからじゃないんですか? 月臣さんから誘ってみたらどうですか」 「……いや、それは」 「だめですか?」 「誘って断られたら落ちこむだろ。それに、上役だからってしかたなくつき合わせるのもな……」  呟く月臣の横顔は淋しげだった。  若いころはずっと勉強に明け暮れていた、と言っていた。人づきあいをあまりしてこなかったせいで友達の作り方がわからないのかもしれない。 (さっきみたいな月臣さんを見せたら、部下の人たちもきっと月臣さんを好きになるのに……。生真面目にタンバリン振る姿とか、今みたいな淋しげな顔とか……。そういうのをちょっと出すだけだと思うんだけどなあ)  子供にはふつうにできることでも、大人になってしまうと難しくなるのかもしれない。

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