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ファーストフレンド 12

 鳴がアンコール責めにしたこともあり、カラオケは桜月臣のワンマンショーのまま時間切れとなった。  ふたりがカラオケの次にやってきたのは庶民の――つまり鳴の定番スポット、ファミレスだった。 「……なんだか私ばかり歌ってしまってすまなかったな。生まれて初めてのカラオケということもあって、ついつい興がのってしまった」  月臣はものめずらしげに店内をひと通り見回すと、申し訳なさそうな表情で鳴に謝った。 「いえいえいえ、月臣さんは俺のアンコールに応えてくれただけですから。謝られると困っちゃいますよ」 「カラオケは割り勘だったから、ここは支払わせてくれ。今日一日、私につき合ってくれたお礼だ」 「えっ、そんなお礼なんて――」 「君が奢ったり奢られたりしない主義なのはわかっている。でも、それじゃあ私の気が済まないんだ」  そこまで言うのなら、と鳴は素直に奢ってもらうことにした。  月臣はサーロインステーキ定食と赤ワイン、鳴はミックスグリル定食とドリンクバーをそれぞれ注文した。 「車なのにワインとかいいんですか?」 「代行を頼むから問題ない。今日は気分がいいから、いつになく飲みたい気分なんだ」  月臣の顔には朗らかな笑顔が浮かんでいる。こんなふうに笑えるなんて、初対面のときは想像もつかなかった。仏頂面で生まれて仏頂面で死んでいくものとばかり思っていた。  ハリネズミの棘の下に隠れていたのは不器用で照れ屋な素顔だった。 (ひょっとしたら会社の人どころか弟の雪生も月臣さんの素顔を知らなかったりするのかも。なんだかもったいないな……) 「鳴、君は不思議な子だな」  メロンソーダと赤ワインで乾杯すると、月臣は鳴を見つめながら呟いた。 「不思議? 俺がですか?」 「君と一緒にいると、肩肘を張っているのが馬鹿らしくなるよ。取り繕ったところで君の前では無駄に感じる。……きっと鳴が誰に対してもありのままの自分でいるからだろうな」  鳴は首を傾げた。自分自身のことはいまいちよくわかない。確かに裏表はそれほどないとは思うが、鳴は鳴なりに二面性を抱えているつもりだった。 「弟が鳴には打ち解けている理由が、今日一日でよくわかったよ。あれは俺よりもよっぽど頑なな人間だ。外面がいいから誰もそうは思わないだろうけどな」 「ああ、確かに頑なですよね。他人を必要としてないっていうか、上辺だけっていうか」  それなのにどこを切っても平凡な鳴のことは、多少なりとも必要としてくれているらしい。いったいどうしてなのか。雪生に訊いてみなくてはわからないが、訊いたところで答えてくれないことはわかりきっている。 「弟とは学年も違うのに、いったいどういうきっかけで親しくなったんだ」 「あー、それはですね」  鳴は入学式で奴隷に選ばれたこと、強制的にルームメイトにさせられたことを、月臣に説明した。 「……奴隷? 春夏冬にはパーティ制度があると聞いていたが、いつの間に奴隷制度にすり替わったんだ」 「なんかたちの悪い人が生徒会長になって、それからみたいです。あ、でも、雪生が生徒会長になってからはだいぶまともになったんですよ」 「しかし、雪生はどうして鳴を奴隷に選んだんだ? 入学式が初対面だったんだろう?」  月臣の疑問は入学当初からの鳴の疑問だ。もっともこのところは奴隷に選ばれた理由探しはおざなりになってしまっているが。 「それは俺が知りたいです。奴隷に選ばれた理由がわかれば、奴隷から解放してやるって言われてるんですけど、いくら考えてもわからなくって」 「……なるほど、わかった」 「えっ!? 今の話だけでわかったんですか?」  鳴は思わずテーブルに手をついて立ち上がった。

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