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ファーストフレンド 13

「鳴と雪生は初対面じゃないんだよ。鳴は忘れているみたいだが、雪生は鳴を覚えていたんだろう。それで君を奴隷に指名したんだ」  月臣の口調は確信に満ちていた。が、しかし―― 「いや、でも、どこかで会ったことがあるんだったら、絶対に覚えてますよ。他の人ならともかく雪生なんだから、一度でも会っていたら忘れるはずがないですもん」 「雪生は八歳でアメリカに留学して、十五歳のときに帰ってきた。その間、君がアメリカを訪れたことは?」 「ないです」  アメリカどころかいまだかつて国際線でさえ飛行機に乗ったことがないくらいだ。 「アメリカに帰ってきてから会っているなら、鳴も雪生を覚えているはずだ。ということは雪生が八歳のときまでにどこかで会ってるんだ。幼少のころなら覚えていなくても不思議はない」  雪生が八歳というと鳴は七歳。小学一年生のころだ。春夏冬に在学している今ならともかく、そのころに桜家の子息と接点があったとはとても思えない。 「いや、でも、庶民の俺がいったいどこで雪生に会ったんですか?」 「そこまではわからないよ。でも、雪生が鳴を認識した上で奴隷に選んだのは間違いないよ。雪生は外面こそいいが、実はかなり気難しい性格をしていることはもう知っているだろう? あいつがよく知りもしない人間を傍においたりするはずがない。相馬鳴に少なからず好意を抱いてるからこそ、君を奴隷兼ルームメイトに選んだんだ」  言われてみれば、いや、言われるまでもなく月臣の言う通りかもしれない。あの傲慢でいて繊細なところのあるご主人様が見ず知らずの人間をルームメイトに選ぶはずがないのだ。  でも、だとしたらいったいいつどこで出会ったんだろう。  鳴が椅子に腰をもどして考えこんでいる間に、月臣は二杯目のワインを頼んでいた。 「雪生が羨ましいよ」  ワイングラスに言葉がぽつりと落ちる。鳴は意識を目の前の男へもどした。 「高校生のうちに鳴みたいな友人に出会えて。君みたいな友人がひとりでもいれば、私の高校時代も違ったものになっていたんだろうな」  月臣は微笑んでいたが、その笑みも口調もひどく淋しげだった。  胸がつきんと痛む。鳴よりずっと年上とはいえ、まだ二十代半ばなのに。そんな人生を諦めたみたいな顔はして欲しくない。 「これから作ればいいじゃないですか。俺だけじゃなくって会社とかでも。月臣さんから働きかければ、友達なんてかんたんにできますよ」 「……働きかける? いったいどんなふうに」 「それは、えーっと」    腕を組んで考える。今日の月臣を会社でも見せればいいだけだと思うのだが、就業中にマイクを持って歌い出すわけにもいかないだろう。 「そうだ! カラオケ大会を開くとか!」 「……カラオケ大会?」  鳴は自信たっぷりな笑みを浮かべてうなずいた。 「月臣さん主催でカラオケ大会を開くんですよ。その場でさっきみたいにクイーンを歌えば、みんなきっと月臣さんに対する印象が変わりますよ」    いいアイデアだと思ったのだが、月臣は気乗りしない表情だった。 「……いや、私が主催したところできっと誰も参加してくれないよ」 「そんなことないと思いますけど……。あ、さっきバンドをやってみたかったって言いましたよね。バンド仲間を募集してみるのは?」 「それも同じだ。誰も名乗り出てくれやしない」 「月臣さん」  鳴は真っ向から月臣を見据えた。鳴の視線が強かったせいか、月臣は少々たじろいだ様子だった。 「ネガティブな予想をして、やる前から諦めてちゃなにも変わりませんよ。今日、俺とこうしているのだって月臣さんが思いきって俺を誘いにきてくれたからじゃないですか。現状を変えたいなら自分から動かないと――」  言い終わってすぐに後悔する。年上相手にずいぶん偉そうなことを口走ってしまった。  でも、嫌なのだ。あんな淋しそうな顔ですべてを諦めてしまったりするのは。 「……なんか、すみません。えらそうなこと言っちゃって」 「いや、いいんだ。……自分から動かないと、か。鳴の言う通りかもしれないな」  月臣は遠くを見つめながらぽつりと呟いた。

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