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ファーストフレンド 14
◇ ◇ ◇
それから三十分後――
「……だいたいあいつには可愛げが足りないんだ。十四歳でアメリカの一流大学を卒業? あー、すごいすごい。たいしたもんだ。でもな、俺だって俺なりにずっとがんばってきたんだ! 努力だけならあいつにだって負けていないはずだ」
鳴の向かい側には顔を真っ赤にしてくだを巻く月臣の姿があった。
手元のワインはこれで五杯目。どうやら悪酔いしたらしく、気がついたときには月臣の月臣による月臣のための愚痴吐き大会が始まっていた。
「そりゃあ、俺は中学受験で春夏冬に落ちたさ。さんざん勉強して合格間違いなしって太鼓判をもらってたのに、答案用紙を前にしたら頭が真っ白になって……。ああ、そうだよ。俺は根性なしの情けない男なんだよ」
どん、と乱暴にワイングラスをテーブルに置く。
隣のテーブルの親子づれがさも嫌そうな視線を向けてきた。すみません、すみませんと心で謝罪しながらぺこぺこ頭を下げる。
「でも、高校は春夏冬に劣らない進学校に合格したじゃないか! 中学、高校とひたすら勉強、勉強、勉強で、彼女とデートどころか友人と遊びにいくことすらなかった。……まあ、彼女も友人もいなかっただけだけどな」
月臣の顔に自嘲の笑みが浮かぶ。
「彼女も友達もこれから作ったらいいだけですよ。月臣さんならすぐにできますって。特に彼女のほうは」
「……彼女?」
鳴は思わず身を竦めた。月臣の目つきがあまりに荒んでいたからだ。
「ああ、確かに私の恋人になりたがっている女性は掃いて捨てるほどいる。でもな、彼女たちは私に惹かれているわけじゃない。私の財力に惹かれているだけだ」
「いや、みんながみんなそうと決まったわけじゃ――」
「いや! 決まってるんだ!」
どん、と拳をテーブルに叩きつける。
「あ、あの、月臣さん。ここファミレスなんでもうちょっと静かに――」
「そこの君、赤ワインのおかわりを頼む」
月臣は手を上げて店員を呼び止めると、赤ワインを追加注文した。心なしか店員の目も冷たく感じる。
どうしよう。時刻はすでに十九時を回っている。寮の門限は二十時ジャストだ。そろそろここを出なくてはならない。
「月臣さん、寮の門限があるんで、俺もうそろそろ帰らないと」
「……そうか、君まで私を見捨てるんだな」
鳴は思わずたじろいだ。月臣が主人に見捨てられようとしている仔犬のごとき眼差しで見据えてきたからだ。
「み、見捨てるって、そんな大袈裟な……。またいつでもつき合いますから、今日はこれでお開きにしましょうよ」
「だいたい雪生には可愛げが足りないんだ」
さすがは酔っぱらいである。話が振り出しにもどってしまった。
「……それでも小さいころは可愛かったんだ。どこへいくにも私の後をついてきてくれて……。それがいつの間にか神童だ。みんなして寄ってたかって雪生ばかりチヤホヤしやがって。私だって努力してるのに」
どん、と拳でテーブルを叩く。周囲の視線がますます冷ややかになったのは気のせいじゃないはずだ。
「あ、あの月臣さん、人目もありますからもうちょっとだけ静かに……」
「……気持ちが悪い」
呟いたかと思うと、テーブルに顔を突っ伏す。そういえばさっきまで赤かった顔がいまは青褪めている。
「ちょ、だ、大丈夫ですか!?」
「……大丈夫……じゃない……」
「もう家に帰ったほうがいいですよ。俺、家まで送りますから。月臣さん、実家暮らしですか? じゃあ、雪生に住所を――」
これだけ酔っぱらっていては正確な住所は言えないだろう。そう思って鳴がスマートフォンを取り出すと、月臣は勢いよく立ち上がって手首をつかんできた。
「待て、雪生には連絡するな。家には帰らない。……こんな醜態、親や祖父に見せられるか」
「え、じゃあ、どうするんですか」
「隠れ家に帰る」
「隠れ家?」
「……鳴、すまないが代行運転に電話をかけてくれ」
月臣は鳴の手に自分のスマートフォンを押しつけると、とうとう本格的にテーブルへつっ伏してしまった。
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