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ファーストフレンド 16

「ゆ、雪生……!?」  雪生がどうしてここに? あれからメッセージは一度足りとて返していないし、もちろん行き先も教えていない。  雪生の表情はやたらと険しい。これから地球に隕石が落ちてくるが、それをひとりで食い止めにいかなくてはならない、とでも言うような表情だ。  雪生は鳴に寄りかかっている月臣を一瞥すると、次に鳴へ視線を向けた。冷ややかでありながら怒りも伝わるという複雑な目つきだ。 「いったいなにをやってるんだ、おまえは」  どうして雪生がここにいるのかはわからないが、人手が増えたのはありがたい。 「ちょうどよかった。雪生、ちょっと手を貸してよ。月臣さん、酔っぱらっちゃって寝ちゃったんだよ。部屋までつれていくの手伝ってよ」 「……月臣さん?」  雪生の声は恐ろしいまでに低かった。鳴は思わずびくっと肩を震わせた。なにかまずかっただろうか。 「俺がちょっと目を離した隙にずいぶんと仲が良くなったな」 (……え、ひょっとしてこの人、焼きもち妬いてるわけ? 俺が大好きなお兄さんとふたりで遊びにいって、おまけに名前で呼ぶくらい仲良くなったから? どんだけブラコンなの)  呆れるやら可愛いやらである。  鳴が月臣の誘いに乗ったのは兄弟の溝が少しでも埋まれば、という思いもあったからなのに。まあ、そんなことを雪生が知っているはずもない。  雪生は文句を言いつつも、鳴と協力して月臣を部屋へ運び入れた。  月臣の暮らすマンションは独り暮らし――それも隠れ家にするにはもったいないほど贅沢な造りだった。部屋がいくつあるのかはわからないが、リビングルームだけで十人は余裕で暮らしていけそうだ。  寝室らしきベッドの置かれている部屋を見つけて、スーツ姿の月臣をどうにか寝かせる。  ふう、と思わず溜息が出る。 (月臣さん、大丈夫かな……。二日酔いになって遅刻したりしないといいけど)  未成年の鳴は二日酔いはもちろんのこと飲酒の経験もない。が、二日酔いのしんどさは飲み会の翌日の父親を見てきているのでなんとなくわかっている。  雪生は月臣をベッドに横たえると、すぐに部屋から出ていった。かと思ったら、またすぐにもどってきた。 「兄さん、少し起き上がれますか? 水を飲んだほうがいいですよ」  月臣の背中を支えて起き上がらせ、冷蔵庫から持ってきたらしいペットボトルを口許へ近づける。月臣は気怠そうに瞼を開けると、素直にペットボトルの水を飲んだ。  アルコールに濁った瞳がのろのろと雪生へ向く。 「……雪生……か? …………雪生……今まですまなかったな……俺がおまえより劣ってるのはおまえのせいじゃないのに……。ただの八つ当たりだ……みっともないな……」  月臣は乾いた笑いを洩らすと、雪生の手首を握りしめた。鳴は雪生が驚いたように瞬きするのを横目に見つめながら、部屋をそっと出ていった。 (ちょっとは兄弟仲が修復できたのかな……?)  生まれて初めての友人に生まれて初めてのカラオケ。生まれて初めての経験が月臣の心を弛めたのかもしれない。アルコールの力もあるかもしれないが。  今日をきっかけに雪生に対する月臣の態度が少しは変わればいいのだけど。  鳴はリビングルームの壁にかかっているポスターを見上げた。どのポスターにもQUEENの文字がでかでかと踊っている。よっぽど大切なのかポスターはすべて黒いフレームに収められている。  ふとローテーブルに目を向ければ、そこには戦闘機のプラモデルが作りかけのまま置かれていた。すっかり埃を被っているのを見るかぎり、ずいぶん長いあいだここをおとずれていないようだ。  鳴が硝子の戸棚にずらりと飾られたプラモデルをながめていると、寝室のドアががちゃりと開いて雪生が出てきた。

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