205 / 279

ファーストフレンド 17

「あれ、もう話し終わったんだ」 「別に話をしていたわけじゃない。兄はあの後すぐに眠ってしまったからな。上着を脱がせたり、ネクタイを外したりしていただけだ」  なんだ。せっかくふたりの距離が縮まるチャンスだと思ったのに。 「わざわざ月臣さんに会いにきたのに殘念だったね。っていうか、寮の門限過ぎてるけど大丈夫? 急な用事でもあったとか?」 「門限を過ぎることは寮監督に伝えてある。大丈夫じゃないのはお前の脳みそと行動だ。なにを勝手に人の兄と門限を破ってまで遊びまわっているんだ」  雪生は片手を腰に当てた格好で、視線のナイフを突きつけてきた。 「いや、だって、このあいだ月臣さんと友達になったからさ。友達なんだから放課後どこかに遊びにいくのはふつーでしょ」 「その月臣さんというのはやめろ」 「え、いや、でも、友達なんだから名前で呼んでくれって月臣さんが――」  駐車場で出くわしたときから雪生はご機嫌斜めだった。が、ますます機嫌が悪くなっていっているのが瞳の温度でわかる。  しみじみ嫉妬深い男だ。 「……まあ、いい。帰るぞ」  雪生は鳴の手首を痛いくらいの力でつかむと、引きずるようにして玄関へ向かおうとした。 「あっ、ちょっと待ってよ。書き置き残してくから」  目が覚めたら誰もいないどころか、メモの一枚すら残っていないのは淋し過ぎる。  鳴は通学用の鞄からノートを取り出して千切ると、かんたんなメッセージを書き残した。  月臣さんへ  今日は誘いにきてくれてありがとうございました  また一緒にカラオケいったりして遊びましょう!  あ、カラオケもいいけど、ライブハウスで歌ってる月臣さんもいつか見てみたいです  そのときがくるの楽しみにしてますね!    相馬鳴  さあ、これで心置きなく寮へ帰れる。鳴は玄関へ向かうと靴を履こうとした。雪生に肩をつかまれたのはその時だ。 「なに――」  心臓がどくっと跳ねて、呼吸が止まる。雪生が意味ありげな眼差しで鳴を見つめてきたからだ。  整うだけ整った顔が近づいてくる。鳴は反射的にぎゅっと目を閉じた。キスされる。これまでの経験則から言って間違いない。  習慣とは恐ろしいものだ。逃げる余裕はあったはずなのに、恋する乙女さながらに雪生の唇を待ち構えてしまった。  が、しかし―― 「えっ!? ちょっ! ぎゃーーーーーっ!」  雪生は鼻先がくっつきそうな至近距離で顔を止めると、キスのかわりにぎゅむっと股間を揉んできた。 「ちょっ、ちょっと! いきなりなに、なんなのいったい! ちょっ、男の子の大事なところを断りもなく揉むなって!」 「今日はさんざん遊びまわったみたいだからな。健康状態に問題がないかどうか触診してやる」 「そんなとこの反応で人の健康をはからないでよ! ちょっ、ヤバイ、ヤバイって!」  所有者に似たのか素直すぎるほど素直な股間は、雪生の手の刺激にあっさり硬化した。 「ものの三十秒とかからずに勃起したな」 「――――――」 「どうやら健康状態に問題はなさそうだ」 「そんなの見ればわかるでしょっ! セクハラ紛いの健康チェックやめてくれる!?」  鳴は涙目で股間を抑えながら、なんとか雪生の手から逃れた。ここしばらくキスはされても股間は揉まれたりしなかったから、すっかり油断していた。 「じゃあ、帰るぞ」  雪生は靴を履いてドアノブへ手を伸ばした。ドアを開けながら鳴を振り返り、 「駐車場へ着くまでにそれをどうにかしておけよ」  クールにもほどがある無表情でそう言った。 「――――――」 (……雪生が卒業するまでにぜっっっったいに復讐してやる!)  鳴は恨めしげに雪生を睨みながら、心の中で固く誓った。

ともだちにシェアしよう!