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ファーストフレンド 18
いつものベンツに乗って寮へ向う。運転手もいつもの初老の男性、金田だった。
「門限に間に合いそうにないなら、俺か寮に連絡くらい入れろ。そんなことすらできないなんて、おまえは比類なきマヌケだな」
雪生の口調は氷の女王さながらに冷ややかだった。息を吹きかけられたら全身が凍りついてしまいそうだ。とてもついさっき人にセクハラをかましたのと同一人物とは思えないクールさである。
「というか、そもそも門限に間に会うように帰ってこい。幼稚園児だってそれくらいはできるぞ。つまりおまえは幼稚園児以下だということだ。もう一度、赤ん坊からやり直せ。明日にでも哺乳瓶とオムツを用意してやる」
「いや、俺、赤ちゃんプレイに興味ないんで。月臣さんが酔っぱらっちゃって帰るに帰れなかったんだよ。まさか放ったらかしにしてひとりで帰るわけにもいかないでしょ」
「俺の兄にはずいぶんと親切だな。俺のメッセージはことごとくスルーしたくせに」
なんだか拗ねているような口振りだ。
「しかし、よくもまあ短時間で遊びまわったものだな。ハンバーガーショップにカラオケにファミレスとはな」
「月臣さんがいつも俺が友達といくようなところにいってみたいって言うから――って、なんで雪生が知ってんの?」
月臣がハンバーガーを食べている姿は雪生のスマートフォンへ送ったが、カラオケとファミレスにいったことまでは知っているはずがない。いくら雪生が十四歳で大学を卒業した天才とはいえ、さすがにテレパシーまでは備えていないだろう。
鳴がきょとんとして見つめると、雪生はこの上なき冷眼を向けてきた。
……さも愚かな存在を見るような眼差しはやめていただきたい、と鳴は思った。ほんとうに友人になったのかだんだん自信がなくなってくる。
「おまえのスマホにGPSアプリをインストールしたのをもう忘れたのか? さすがはチキンヘッドだな」
「あ――」
そういえばそうだった。すっかり忘れていた。
最初は人のプライバシーをなんだと思っているんだと憤慨したが、どうせ四六時中雪生の隣にいるのだ。居場所を探られたところでどうということもない、と判断してそのまま放置してあった。
「街中で遊んでいるみたいだから多めに見てやっていたが、門限近くになったのに帰ってくるどころか繁華街から離れようとしたから、わざわざ迎えにきてやったんだ」
「えっ、俺を迎えにきてくれたわけ? 月臣さんに会いにきたわけじゃなく?」
てっきり月臣に会いにきたところへばったり遭遇したものと思っていた。考えてみれば鳴が月臣と会っているのを知っているのに、いるかいないかわからない月臣に会いにくるはずがなかった。
「俺は兄があんなマンションを所有しているなんて知りもしなかった」
「そういえば隠れ家だって言ってたっけ……」
壁のポスターと数々のプラモデルを思い出す。あの部屋は月臣が自分自身を開放できる唯一の場所なのかもしれない。
「でも、ま、よかったね」
「なにもよくない。奴隷ごときに未読スルーされるし、こうしてわざわざ迎えにこないとならないハメになった」
雪生の表情は不機嫌そのものだ。メッセージをスルーしたのも迎えにきてもらったのも申し訳なく思うが、だったら迎えにきてくれなくてもよかったのに。主人として奴隷は放置できない、ということだろうか。鳴としてはここはひとつ厚き友情を感じたいところなのだが。
「そんなにぷりぷりしないでよー。誰も雪生のお兄さんを取ったりしないからさ」
「誰がいつそんな心配をした」
「いやー、雪生ってけっこうブラコンなんだなーって」
末っ子の春輝のことをブラコンだと言っていたが、雪生も人のことを言えた義理ではない。鳴はニヤニヤしながら雪生の顔をながめた。
「……おまえのマヌケさと鈍感さは国宝級だな」
雪生は疲れきった表情で背中をシートへ預けた。
「もー、照れなくたっていいのにー。月臣さんとちょっとは和解できてよかったじゃない」
「誰も照れてなんかいない」
「またまたー――って、いででででで!」
いつものように頬を容赦なくつねられて、鳴は悲鳴を上げた。
「ちょっと! いくら照れて恥ずかしいからってほっぺをつねって誤魔化そうとしないでくれる!?」
「鳴、初恋の子はどうなったんだ。一緒に川で遊んだのを思い出したと前に言っていたよな。あの川がどこだったのか母君に訊いてみたのか」
雪生はいきなり話題をかえた。ブラコンを指摘されて気まずかったのかもしれない。
「あ、それなんだけどさ――」
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