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ファーストフレンド 20
「週末にでもいってみようかなって思ったんだけど、じいちゃんの話だと群馬のけっこう山深いところにあるらしいんだよね。一泊二日じゃちょっときつそうだから、旅行も兼ねてちょうどいいかなって……どうかしたの?」
鳴は雪生の目つきが冷ややかを通り越して腹立たしげなものに変化していることに気がついた。
「どうしておまえはそういう重要なことをちゃんと俺に報告しないんだ」
「えっ? いや、俺の初恋の子にそこまで興味ないかと思って」
雪生はたびたび初恋の少女について訊いてくるが、鳴をからかって馬鹿にしたいたけで、鳴の初恋の相手そのものに興味があるわけじゃないだろう。
鳴の返答を受けて、雪生はますます腹立たしげな表情になった。
「ここが車じゃなかったら、本気で頬を引きちぎってやってるところだ」
「ちょっ! 怖いこと言うのやめてくれる!? 車じゃなくてどこでもやめてよ。俺のほっぺは再生不可なんだからね」
鳴はシートベルトで固定されている状態でできるかぎり雪生から距離を取った。
「俺もいくから先方にそう伝えてくれ」
「いくってどこに?」
素朴な疑問だったのに、雪生は荒んでさえ見える目つきで鳴を睨んできた。
「愚かな質問はやめろ。今の会話の流れでわからないのか? おまえの脳みその形状は蜂の巣か? いや、蜂の巣じゃなくて蜘蛛の巣だな」
「いくらなんでもそこまでスカスカじゃないよ! って、え? まさかじいちゃんの実家についてくるつもり?」
「おまえひとりにしておくと、今日みたいになにをするかわからないからな。先方にご迷惑をかけないためにも有能な見張りが必要だ」
鳴はなんとも奇妙な思いで隣に座っている少年を見つめた。
大学受験がないから余裕があるとはいえ、セレブなおつき合いでそれなりに忙しいはずなのに。わざわざ祖父の実家にまでついてくるなんて。淋しいからなのか、それとも鳴の傍にいたいだけなのか。
(俺だったら俺なんかよりも、あの超絶可愛い婚約者候補の女の子と過ごすけどなあ)
天秤にかけるまでもない。婚約者候補の圧倒的かつ一方的勝利である。それに雪生に好意を寄せているのはあの子だけじゃないはずだ。
にもかかわらず雪生は秋葉原まで鳴についてきたし、ゴールデンウィークも鳴の実家で過ごしたのだ。
「なんだその目は」
「いやー、雪生って可愛いなーって思って」
衝動のままに頭をよしよしすると、雪生はぎょっとしたように両目を見開いた。が、すぐに鳴の手首をつかんで逆手にねじり上げてきた。
「なにをする」
「ちょっ! いたっ! 痛いって! 腕が折れるー!」
鳴が喚くと雪生の手はあっさり離れた。
さすがは元SWAT隊員に護身術やら格闘術を教わっただけのことはある。雪生がその気になれば鳴の腕くらい秒殺で折ってしまうだろう。
「車内で騒ぐな。うるさくしてすまないな、金田」
「金田さんだけじゃなく、俺にも謝ってくれない!?」
鳴は折られかかった腕をさすりながら、涙目で雪生を睨んだ。
「謝罪するのはおまえのほうだ。いつも俺がどれだけおまえに振りまわされてると思っているんだ」
「その科白そっくりそのままお返しするけど!?」
雪生の眼差しはどこまでも果てしなく冷たい。きっと前世は氷の女王か雪女だったに違いない。
「相変わらず仲がおよろしいですね」
運転手の金田がのんびりした声で言った。
「ちっともよろしくないです!」
「少しもよろしくないぞ」
うっかり雪生とハモってしまい、
「いやいや、ほんとうに仲がおよろしい」
金田に笑いながら言われるハメになってしまったのだった。
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