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奴隷の証明 4

「……鳴、おまえよくわかっていないだろ」 「うん、ぶっちゃけわけがわからない」  雪生は溜息を吐くと、鳴から離れて自分自身も弓を手に取った。 「手本を見せてやる。少し離れていろ」  雪生は的に向かって立つと矢を弓につがえた。しゃんと伸びた背筋。それこそ的を射るような視線。笑みはないが冷ややかでもない。凛然とした横顔にどきりとする。  きりきりと限界まで弓が引かれ、小気味良い音を立てて矢が放たれる。次の瞬間、矢は正鵠を得ていた。  鳴は息を呑んだ。 (――ええー、こ、こんなのかっこよすぎでしょー。俺が女の子だったら完璧落ちちゃってるって。まあ、雪生だったら男でも無差別に落としちゃいそうだけど……)  去年、雪生が武道大会の弓道部門で優勝をかっさらったのは知っている。勉強だけじゃなく運動面でも優秀極まりないということも。  でも、実際にそれを目の当たりにしたのはこれが初めてだ。生徒会役員は武道大会だけじゃなく球技大会も裏方に徹することになっている。学年が違うので体育の授業を目にする機会もない。春夏冬は金持ち高校だけあって、グラウンドが三面もあるのだ。  心臓がざわざわする。なんだか妙に落ちつかない。 「鳴、おまえも弓を引いてみろ」  雪生は鳴を振り返ると弓と矢を差し出してきた。 「えっ……!? さ、さっそく?」 「姿勢は俺が修正してやる。さっさとそこに立て」 「……はーい」  上手くできるとはとうてい思えないが、弓を引けるようにならなくては話にならない。鳴は弓を受け取ると、先ほど雪生が立っていた位置に立った。   これから十日間でどこまでできるようになるかはわからない。が、あの白石とかいう男の望むままに奴隷を下りるのは癪に障る。 「顎を引け。背筋はまっすぐ伸ばすんだ。反らすんじゃない」  雪生は鳴の腰や肩をつかみ、姿勢を修正していく。雪生の手つきは淡々としていていやらしさは感じさせない。なのにうっすらドキドキしてしまうのは、その手に何度か股間を揉まれたことを思い出してしまったからだ。 (……なんか弓道ってセクハラし放題じゃない? 俺が女子で雪生がノットイケメンだったら通報案件だよ、これ) 「鳴、そのまま姿勢を崩さずに弓を引いてみろ」 「わ、わかった」  鳴はできるかぎりの力で弓を引くと、思いきって矢を放った。が、しかし――  鳴のドキドキが矢に伝わったのか、矢の軌道は大きく逸れて隣の的の端に命中してしまった。 「あらららら……」  鳴は恐る恐る雪生の顔をうかがった。きっと馬鹿にされるだろうと思ったのだが、 「的まで届いたな。最初にしては上出来だ」 「えっ!? そ、そう?」 「安心しろ。素人のおまえがいきなり狙った的に命中できるなんて思っていない」  雪生は微笑むと、新しい矢を鳴に手渡した。 「もう一度引いてみろ。思ったより筋は悪くない。きっと単純な性格だから矢も単純に飛んでいくんだな」  めずらしく褒められたからちょっと感激したのに、やっぱり雪生は雪生だった。  鳴はそれから二時間ばかり弓道の練習に励み、それから寮へともどった。

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