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奴隷の証明 7
雪生に訊いてみればはっきりするのかもしれない。でも、いつものようにはぐらかされて終わりという気もする。
なんとなく聞き出せずにいるうちに、あっという間に武道大会当日がやってきた。
この十日間というもの、早朝は体力作りのジョギング、放課後は弓道の練習、夜は筋トレに体幹トレーニングというハード過ぎるほどのスケジュールだった。
正直、盛大に弱音を吐きたくなったが、鳴と雪生のぶんまで生徒会業務を請け負ってくれている翼と太陽のことを思うと、ふたりのためにも結果を出したい。
(とはいってもド素人がどこまでやれるのか……)
鳴は溜息を吐きそうになりながら、制服のネクタイをきつく締めた。
大会当日の今日は早朝ジョギングもなく、いつにないゆったりした朝を過ごしていた。といっても、時間の余裕は心の余裕につながらない。のんびりしているよりもジョギングや筋トレに励んでいるほうがまだ落ちつきそうだ。
「鳴、ミルクティーを淹れたぞ」
雪生は簡易キッチンから出てくると、手にしていたマグカップをローテーブルに並べた。その顔はいつも通り涼しげで、緊張など微塵も感じさせない。
それはそうだ。奴隷が交替したところで雪生が困るわけじゃない。困るどころか仕事は大いにはかどるはずだ。
「……あのさ、雪生」
「どうかしたのか、鳴。おまえのマヌケ面にそんな暗い表情は似合わないぞ。もっと明るい顔をしていろ」
「マヌケ面は余計だよ! あの……もしも俺が白石さんに勝てなかったら、この部屋も出ていくことになる……んだよね?」
鳴はソファーに座ると、マグカップを手に取りながら雪生に訊ねた。ずっと確認したかったのだが、世にも冷たい返事がかえってきそうで訊くに訊けなかったのだ。
が、試合に集中するためにも今この場ではっきりさせておきたい。
「そんなことを心配して暗い顔をしてたのか?」
雪生は小さな声を立てて笑った。なぜか鳴の向かい側ではなく隣に腰を下ろして、めずらしく自分で淹れたミルクティーを口に運ぶ。
「そんなことって……。そりゃあ雪生にはどうでもいいことなのかもしれないけどさ。でも! 俺がこの部屋からいなくなったら、雪生だってちょっとは淋しいでしょ。ほら、今日みたいにいつも自分で紅茶を淹れないといけないし、夜食のおにぎりだって自分でお米を研いで握らないといけなくなるんだよ」
なにを力説してるんだ、と少々恥ずかしくなりながらも言い募る。
「おまえは淋しいのか?」
意味ありげな眼差しで見つめられて心臓がきゅっとする。
「だって……やっと友達っぽくなれたし、雪生の毒舌もなかったらなかったで物足りないかもしれないし、四人部屋じゃあ夜食のおにぎりを作れないし」
「淋しいなら淋しいと素直に言えばいいだろ。最初はこの部屋で暮らすなんて冗談じゃない、って態度だったのに、たった二ヶ月でずいぶんと心変わりしたんだな」
雪生にだけは「素直に言え」などと言われたくない。それは大いにこっちの科白だ。
「安心しろ。やれるだけのことはやったんだ。あとは俺の教えた通りやればいい。あのだらしなかった腹もたった十日でこの通りだ」
「ひゃっ!」
いきなり腹をもにっとつかまれ、鳴はソファーの上で小さく飛び跳ねた。
「ちょっと! 人のお腹をいきなりつかまないでくれる!? それから俺のお腹はもともとだらしなくないから!」
憤然として文句を言うと、なぜか顔が近づいてきた。慌ててソファーの上で逃げたが逃げ切れなかった。ちゅっと軽い音を立てて唇が離れる。
わかっている。今のはおはようのキスだ。そういえば朝いちばんのキスをまだしていなかった。
雪生はたったいまキスしたばかりとは思えないしれっとした顔で、マグカップのミルクティーを飲んでいる。
キスなんて毎日かかさずしているのに、いちいち動揺してしまう己が情けない。
「……あのさ、おはようのキスといってらっしゃいのキスとおかえりのキスとおやすみなさいのキスっていつまで続けるの」
「安心しろ。おまえがこの部屋にいるあいだはちゃんとかかさずしてやる」
誰も頼んでいないのに、それどころかたびたび断っているのにこの上から目線。さすがは何様俺様キング様の桜雪生様である。
けっきょく試合に負けたら部屋から出ていくのかどうか、はっきりした答えを聞いていない。
そのことに気づいたのは登校して雪生と別れた後だった。
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