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奴隷の証明 8

 武道大会に出場するため、鳴は武道大会関連の仕事はすべて免除されている。  全校生徒を集めての開会式が終わると、それぞれの試合会場で出番を待つだけだ。柔道と空手と剣道の武道場は観客が出入りしやすいように渡り廊下でつながっているが、弓道場だけは少し離れたところに立っている。 「相馬君、がんばってね。相馬君ならきっと白石先輩にだって勝てるよ。会長の無茶ぶりに応えて中間テストで十位に入ったんだから」  朝人は鳴の両手をつかんでぶんぶんと上下に振った。まるで奴隷をクビになるかもしれないのが朝人かのように、いまにも泣き出しそうな顔をしている。  朝人だってドのつく素人の鳴が経験者に勝つのは難しいことくらいわかっているはずだ。それなのに本気で励ましてくれるのは朝人の優しさだろう。 「うん、がんばるよ。瀬尾君、応援よろしく」  鳴はにこっと微笑んでみせた。心の中は不安だらけだったが、それを態度に出してしまったらますます不安に呑みこまれてしまいそうな気がしたのだ。  弓道着の入った鞄を肩にかけて弓道場へ向かう。校庭に沿った通り道には生徒の家族らしき姿も多かった。  今日が日曜日のせいか女子高校生らしきグループの姿もちらほらある。  春夏冬の武道大会はチケットと身分証さえあれば誰でも観戦できる。春夏冬の生徒は女子人気が高いらしいから、どこからかチケットを手に入れて観にきたのかもしれない。 (……ひょっとしてこれって彼女を作るチャンスじゃない? 弓道でいいところを見せたら『きゃーっ!あの人かっこいい!彼女になりたい!っていうかしてー!』なんてことになる――わけないな。雪生ならともかく平々凡々の俺じゃあなー……)  そういえば高校生になったら彼女を作るという目標があったのに、雪生のせいですっかり忘れてしまっていた。毎日毎日とんでもないことばかりで彼女どころの騒ぎじゃなかった。  でも、今日で奴隷をクビになるかもしれない。そうしたら彼女を作る余裕だってできる。そう考えてみたものの気分が浮き立つどころかますます沈んでしまった。  文句は山のようにありつつも、鳴はあの部屋での雪生との共同生活が気に入っていたのだ。 「……いや、でも、ネガティブになるのは俺の趣味じゃないし! 人生はたった一度きりなんだからたくさん笑って、たくさん美味しいものを食べて、たくさん寝ないと!」  鳴は周囲の目線が集まるのもかまわずに、自分自身をふるいたたせるために両腕をぶんぶん振り回しながら歩いていった。  そうだ、弓道場へ入る前にトイレをすませておこう。確か弓道場にはトイレがなかったはずだ。鳴は通り道から外れて西校舎に入っていった。  全員がどこかの会場へ出向いているらしく、校舎は不気味なほどしんと静まりかえっている。 (無人の校舎ってどうしてこうも不気味なんだろ)  用を足してトイレから出たときだった。人の気配を感じて振り返ろうとした瞬間、なにかが口を覆った。  咄嗟に悲鳴を上げそうになったが、鳴の口から出たのは「もがもが」というくぐもった声だけだった。どうやら口をガムテープかなにかで塞がれたらしい。  次に視界が暗闇に包まれた。 (えっ!? な、なに? 停電?)  しかし、時刻はまだ午前だ。停電もなにも電灯が点いていない。鳴は頭に袋状のものを被せられたのだとすぐに気がついた。  慌てて取ろうとしたが、それより先に身体がふわっと宙に浮いた。 (なっ、なに、何事!? いったい俺の身になにが起こってるわけ!?)  鳴は焦るあまり手足を激しくばたつかせた。なにがどうなっているのかわけがわからないが、己の身によくないことが降りかかっていることくらい察しがつく。

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