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奴隷の証明 12
鳴は更衣室までダッシュすると、できるかぎり手早く弓道着に着替えた。当たり前だが更衣室は無人だった。きっともうみんな射場か控え室へ向かっているに違いない。
弓道部門に参戦する生徒は二十人。選手は四人ずつ交替して順番に射ることになっている。鳴の番号は二十人中二十番だ。さすがにまだ出番は終わっていないはずだ。
「すみません! 遅くなりました!」
控え室に飛び込んでいくと、出番待ちの選手たちが一斉に視線を向けてきた。その中でひとり、ぎょっとしたように両目を見開いた人物がいる。鳴はその人物の前にゆっくりと歩み寄った。
「白石先輩」
鳴が声をかけると、白石は狼狽丸出しの表情になった。手足を縛って閉じこめておいたはずの鳴がどうしてここにいるのか。わけがわからないに違いない。
「な、なんだよ。言っておくけど僕はなにもしていないからな……!」
その科白がなにかした証拠のようなものだが、鳴はあえてツッコまなかった。
「今日はお互い正々堂々と戦いましょう。矢がまっすぐ飛ばないような卑怯は真似はなしにして」
わざとらしいくらいにっこり笑ってみせると、白石の美しい顔が引きつった。鳴はそれだけ言うと、白石に一礼してから壁際に下がった。
相手はいちおう先輩だ。あまり噛みつくのはよろしくない。
誰かが仕組んだのか、それともただの偶然なのか、鳴と白石は同じ組だった。昨日のうちに控え室へ用意しておいた和弓を手に取り、射場へ向かう。弓は雪生から借りたものだ。
板張りの射場へ入っていくと、青々した芝が敷きつめられた矢場と、その向こうに的が見えた。矢場の右手が観客席で、春夏冬の生徒やその家族らしき姿が見える。
観客の中に探すまでもなく雪生の姿があった。後光が射しているかのようにひとり際立っているため探すまでもない。
どうやら生徒会の仕事を抜け出して観にきてくれたらしい。雪生は鳴と目が合うと悠然と微笑んでみせた。
(俺が試合を放棄したりしないって、ちゃんとわかってくれてたんだ)
未だになにを考えているのかよくわからないが、鳴が奴隷兼ルームメイトじゃなくなっても友達には変わりない。臆することなくこの場にいられるのは、そう信じられるからこそだ。
観客席には朝人の姿もあった。鳴に向かって一生懸命手を振っている。
七月上旬。頭上を見上げれば雲の少ない澄み渡った青空が広がっている。
(よし、やるか! ド素人の庶民にもアリンコくらいの意地があるところを見せてやる。……って元奴隷だったってことは白石先輩もこの学校じゃ一般庶民ってことか)
雪生の奴隷に返り咲きたい理由に、親の会社が上手くいっていないから、というのもあるらしい。同情しなくもないが、だからといって人を拉致監禁していいはずもない。
所定の位置につき、雪生に教わった跪坐という体勢を取る。正座に似ているが床につけるのは膝と足の指だけだ。
「はじめ!」
進行役の教師が高々と告げると、鳴はすっと立ち上がった。他の三人も一斉に立ち上がり、和弓を構える。
どうかせめてすべて的へ当たりますように。
鳴の祈りと共に矢は放たれた。
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