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奴隷の証明 14
「いやいやいや、じゃあどうして俺に弓道を教えてくれたわけ? 試合に出る必要はない、なんてひと言も言わなかったよね。おかしいじゃない」
「いつも言ってるだろ。奴隷の健康管理もキングの仕事のうちだと」
鳴は言われた意味をしばし考えた。鳴の健康とやらなくてもよかったはずの弓道にどんな因果関係があるというのか。
鳴はハッとして目を見開いた。ひょっとして――
「……まさか俺に運動させるためにさも承諾したみたいな顔をしてたとか?」
雪生は一瞬意外そうな表情になったが、すぐににっこり微笑んだ。
「マヌケなおまえがよくわかったな。その通りだ。俺は俺の奴隷がメタボリックシンドロームだなんて耐えられないからな」
「だから! いつも言ってるけど、俺の腹はいたってふつーだから! まったくもってメタボなんかじゃないから!」
「そうだな。メタボ予備軍というだけだ」
十五の少年を中年男性みたいに言わないでいただきたい。
鳴は雪生を睨みながら腹をつまんだ。確かにこの十日間でかなり腹筋がついて、つまむ余地があまりなくなった。それは感謝しよう。
「白石がおまえを監禁することなく、まともに試合をすればあいつが勝っただろうな。そうなったところで『誰がいつそんな約束をした』と切り捨てるだけだ。どう転ぼうが俺には関係のない話だ」
「いや、でも、だったら監禁を見過ごさなくてもよかったんじゃ――」
「白石たちが奴隷に返り咲く可能性を潰すためだ。停学処分を食らえば白石たちも諦めざるを得ない。何度も生徒会室に押しかけてこられたら煩わしいからな」
「雪生って……」
考えてみればこの俺様少年が唯々諾々と他人の言うことに従うはずがなかった。そんなことは太陽が東へ沈むのと同じくらいありえない、という前提で考えてみるべきだった。
利用される形になった白石たちにほんのちょっぴり同情する。
「俺がどうした」
「……いや、なんでもない」
「安心しろ。主犯格の白石はもちろん、おまえの監禁に関わった生徒はきちんと処分する」
「あ、そうなの? 俺はもうどうでもいいんだけど」
監禁されたときはびっくりしたが、怪我のひとつもしたわけじゃない。雪生に利用されただけなのに処分が下るのは少し可哀想な気もする。
「おまえの鳥頭は恨みまですぐに忘れるんだな。……まあ、おまえらしいと言えばおまえらしいけどな」
雪生は呆れた眼差しを向けてきたが、雪が解けるように眼差しが緩み、柔らかな笑みがとってかわった。
心臓を羽毛でくすぐられるような感覚に襲われて、鳴はつい目を逸らした。言いたいことは山ほどあったが、そんなふうに微笑まれるとなんだかもうすべてがどうでもよくなってしまう。
それに――
(俺を奴隷やルームメイトから下ろすって考え、雪生にはミジンコほどもなかったってことだよね)
「とは言っても、犯罪まがいの行為した生徒を放っておくわけにはいかない。きっちり処分はさせてもらう」
生徒を監禁したのにお咎めがなかったら学校の風紀に関わるだろう。白石たちを庇う義理もないので、鳴はそれ以上なにも言わなかった。
「白石が勝手に自滅したようなものだが、勝利は勝利だ。鳴、ご褒美をやるからこっちにこい」
「えっ、なになに? 高級なお菓子でも用意してくれたの? それとも夜食用の高級米とか?」
鳴は主人に呼ばれた犬のようにいそいそと雪生の元へ向かった。隣へ座れと言われて素直に座る。期待に満ち満ちた目で雪生を見つめると、神経を妖しく撫でるような視線が返ってきた。心臓がびくっと跳ねる。
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
雪生は咄嗟に逃げようとした鳴の両肩を素早くつかみ、ソファーの上に押し倒してきた。背中が柔らかく埋もれる。
俺はなんという愚か者なんだろう。雪生のご褒美なんてキスと決まっているのに食べ物を期待するだなんて。
自嘲したところで手遅れだ。
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