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奴隷の証明 15
雪生の眼差しを受け止めきれなくなって目をぎゅっと閉じると、唇をやんわり食まれた。鳴の唇を溶かすかのように何度も何度も柔らかく口づけてくる。
キスされるたびに背筋にまでじくじくと感覚が響く。
ヤバい。これはヤバい。彼女いない歴イコール年齢には刺激が強すぎる。
どうにかしてやめさせないととんでもないことになってしまう。
「あ、あの、雪生、すごーく面白い話があるんだけど――」
「いいから黙ってろ」
言葉こそぞんざいだったが口調は甘やかすときのものだった。思わず黙ると、舌が中へ入りこんできた。
舌を入れられると自分自身の舌をどうしていいのかわからずいつも困る。そのままにしておくと舌で舌を舐められておかしな感覚に襲われるし、かといってどうにか逃げようとしても狭い口内で追いつめられてやっぱりおかしな感覚に襲われる。
ヤバい、とふたたび思った。吐息とも鼻息ともつかないへんてこな声を洩らしているのを自覚して、頭の中がかーっと熱くなる。
「ひゃっ!?」
やっと唇が離れたと思ったら、今度は股間をつかまれた。目で確認しなくても勃っていることくらいわかる。が、勃ったからといっていちいちつかんでこないでいただきたい。童貞にはキスだけでもじゅうぶんすぎるほどの刺激なのに。
「ちょ、ちょっ、やめ、人の股間を握らない!」
鳴は雪生の身体を懸命に押し返しながら、どうにかソファーから逃れようとした。このままだと笑うに笑えない事態になってしまいかねない。
万が一、雪生の手でいかされてしまったら――
(そのときは潔く頭を丸めて出家しよう)
「おまえはほんとうにすぐ勃つな」
「だ、誰のせいだと――」
「ご褒美にこのままいかせてやろうか?」
雪生の笑みに含まれた色気がひときわ濃くなり、頭の中で「パーン!」という破裂音が響き渡った。
あ、いま脳みそ破裂した。
そう自覚した瞬間、なにかが鼻からたらりと溢れた。慌てて鼻の下を拭うと、右手が赤く染まる。
鳴は今度こそぎょっとして飛び起きた。鳴が鼻血を出したことに気づいたのか、雪生も素直に身体を退かす。
「おい、上を向くな。下を向いてろ。上を向くと血が喉に流れこむぞ」
鼻血を垂らさないように上を向くと、雪生は頭をぐいっと押して無理やり下を向かせてきた。かと思ったら、着ているシャツを鳴の鼻に押し当ててくる。鳴はふたたびぎょっとした。
「ちょっ! お高い服で鼻血を拭くとかやめてよ! 言っとくけど俺のおこづかいじゃ弁償できないからね!」
「安心しろ。おまえの借金に加算しておいてやる」
「……はあぁぁぁぁっ!? 勝手に拭いたくせにひどくない!?」
思わず顔を上げると、ふたたび頭を押されて下を向かされた。
「冗談だ。血塗れの顔で怒るのはやめろ。ホラー映画を見ている気分になる」
「……誰のせいでこんなことになったと思ってるんだよ」
鳴は血の染みがついた絨毯を睨みながら唸るような声で呟いた。
「すぐに勃起するおまえのせいだな」
「雪生がエロいキスしてくるからだろ! 俺だってなにもされなきゃ勃起したりしないよ!」
「おまえが俺の奴隷を下ろされないために必死にがんばっていたから、それにふさわしい報償を与えてやろうと思っただけだ。嬉しかっただろ?」
「嬉しくねーよっ!」
がばっと顔を上げると、またもや無理やり下を向かされる。
雪生は勘違いしているようだが、鳴にとって奴隷の座は割とどうでもいいことだった。ただ雪生とルームメイトじゃなくなるのは淋しかったし、他の人間が奴隷として雪生と行動を共にするのはちょっと――かなり嫌だった。
雪生のいちばん近くにいるのは自分でありたい。
そんな素直な気持ちを伝えるのは癪に障るので、舌を引っこ抜かれても言ってやるつもりはなかったが。
「しかし、まさか股間をちょっと揉まれたくらいで鼻血を出すとはな」
雪生が楽しそうに笑うのが頭の上から聞こえた。
「しょうがないでしょ。俺はこの手のことには免疫がないんだから」
「じゃあ、免疫がつくようにこれからは定期的に股間を――」
「揉まなくていい!」
「遠慮するな。これも主人としての役目の内だ」
「そんな役目あるか!」
鳴が雪生の爪先を睨みながらツッコむと、雪生はふたたび屈託のない笑い声をあげた。きっと滅多に拝めない十六の少年らしい笑顔を浮かべているに違いない。
その笑顔が見られないのが殘念だった。
(……でも、いいや。笑顔くらいまたいつだって見ることができる)
今日も明日も明後日もずっと雪生と一緒なんだから。
鳴は血に濡れた顔に安堵と喜びの入り混じった笑みを浮かべた。
こうして波乱万丈の武道大会は幕を閉じたのだった。
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