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夏休みカウントダウン 2

「あと一週間で夏休みだね。雪生はやっぱり北欧とかに避暑にいくの? 桜家のことだからどうせ世界中に別荘を持ってるんでしょ」  鳴は気を取り直して紅茶を淹れると、雪生の前にカップを差し出しながら尋ねた。 「ああ、別荘ならヨーロッパにもアメリカにも東南アジアにもある。まあ、今年は避暑の予定はないけどな。なにしろ今年の夏は相馬鳴の初恋の相手を探し出す、という重大な任務がある上に、おマヌケな奴隷を放置しておくわけにもいかないからな」 (……えーっと、それってゴージャスな別荘で涼しい夏を過ごすより、俺と一緒に夏休みを過ごしたいってこと?)  という言葉が喉元まで出かかったが、鳴はゴクンと呑みこんだ。そんなことを口に出して言おうものなら頬をつねられるかキスされるかだ。どちらも御免こうむりたい。 「じゃあ、またうちにくる? 俺はじいちゃんの実家から帰ったらバイトする予定なんだけど、夜は家にいるからさ」  ソファーに腰かけながら言うと、雪生は怪訝そうな視線を向けてきた。 「バイト? バイトなんかで小金を稼いでどうするつもりだ。おまえのことだからどうせ駄菓子で消えるんだろ。バイトをする時間があるなら、勉学に情熱を傾けろ。二学期も十位以内に入れるとは限っていないんだぞ」 「どうするもこうするも借金の返済だよ」  鳴は雪生に多額の借金をしている。借用書は切っていないが借金は借金だ。今のうちからこつこつと返していかなくては。 「ああ、スーツ代か。すっかり忘れていた」 「人に五十万なんていう大金を貸しておきながら忘れるなんて……。雪生はもうちょっとまともな金銭感覚を身につけなよ」 「人に金を貸すときはあげたものと思え、とよく言うだろ。あってもなくても困らない金だ。返したいなら返せばいい。俺から返済を求めるつもりはない。……まあ、おまえのことだから意地でも返すんだろうけどな」  心臓が少女マンガの主人公さながらにトゥンクと鳴った。  困ったものだと言いたげな微笑は雪生とは思えないほど甘やかで、眼差しも口調同様に甘やかだったからだ。  さっと目を逸らす。このまま雪生を見続けていたらとんでもないことになってしまう。とんでもないことがどんなことなのかはよくわからないが、とにかくとんでもないことになってしまう。 「……そ、そりゃあ借金なんて返すのが当たり前でしよ」  自分らしくもない弱々しい声が出た。  男に、それも雪生に微笑みかけられたからといってなんだというのか。確かに麗しい見た目をしているが、中身は舌に毒をたっぷり染み込ませた俺様野郎なのに。  なによりも雪生は男だ。美少女がにっこり微笑みかけてきたのなら心臓がざわめくのも当然だが、あくまでもどこまでも男なのだ。 (なんだって雪生相手にときめかなくっちゃならないんだよ。きっと男子校なんかに入学しちゃったから、感性が明後日にネジ曲がっちゃったんだ。すみやかに彼女を作って、健全な感性にもどさなくっちゃ)  そうしなかったらとんでもないことになってしまう気がする。  そのとんでもないことがなんなのかは、やっぱりわからなかったのだが。

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