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初恋探し 1

 夏休み三日目。  鳴と雪生はJRのシートへ向かい合わせに座っていた。電車はかたんかたんと揺れながら、ふたりを辺境の地へと運んでいく。  雪生は先ほどから無言だ。楽しげな微笑をうっすらと浮かべ、視線を窓の外へ向けている。  なんだか不思議だ。  桜雪生と最低最悪の出会いを果たしたのは、今からたったの四ヶ月前。あのときは絶望しかなかったのに、こうしてふたりで旅をしているなんて。  思えば遠くへきたものだ。 「なんだ、人の顔をじろじろ見て」  鳴の視線に気がついたらしい。雪生は前に向き直った。 「いや、ふたりで旅行することになるなんて、入学式のときには夢にも思わなかったなーって」  そう言うと、雪生の口元に意味ありげな微笑が浮かんだ。 「そうか? 俺はこうなることをうっすら予感していたけどな」 「またまたー。いっくら雪生が賢くっても予知能力があるわけじゃないんだから――」  鳴はハッとして言葉を切った。 「えっ、ひょ、ひょっとして雪生って超能力の持ち主――」 「本気で訊くのがおまえらしいな。予知能力があるわけじゃない。俺はただ目の前のおマヌケより少しばかり聡いだけだ」  出会ってからふたりの関係は大きく変わったが、雪生の口の悪さだけは変化がない。 「それにしても楽しみだなー。久々のじいちゃんの実家。じいちゃんの実家って近くに温泉郷がいくつもあるんだって。旅行中にふたりでいってみようよ。雪生、温泉に入ったことある? アメリカにも温泉ってあるんだっけ」 「アメリカにも温泉はあることはある。が、日本のものもアメリカのものも未経験だ。旅行というと海外が常だったし、アメリカの温泉は日本とちがってメジャーなレジャーじゃないしな」 「……メジャーなレジャーて。それギャグのつもり……? 大学ってギャグのセンスまでは教えてくれないんだねえ。まあ、頭がいいからってダジャレのセンスまであるとは限らないか。あ、雪生、気にしなくていいからね。誰にだって欠点のひとつやふたつ――いてててててててて!」  電車の中だということも忘れて大声を上げたのは、隣にさっと座り直した雪生が全身全霊をこめて頬をひねってきたからだ。 「電車内で騒ぐな。他の乗客の迷惑だ」 「雪生が俺を騒がせてるんだけど!?」  雪生は鳴の文句を綺麗にスルーすると、ふたたび向かい側の席へ腰を下ろした。涙目で頬をさすりながら睨みつけるが、雪生はいたって涼しげな表情だ。 「温泉もいいかもな。温泉の湯にはさまざまな効能があると聞いている。ひょっとしたらおまえのマヌケさを治してくれる温泉もあるかもしれない」 「……へー、奇遇だね。俺は雪生のその毒舌に効果のある温泉があるといいのになーって、さっきから思っていたところだよ」  嫌味を突きつけると、雪生は心外だと言いたげな表情になった。 「温厚篤実極まりない人間に向かってなにを言う」  なるほど。どうやら雪生には客観性も欠けているようだ。  電車を乗り換え、バスに乗り継ぎ、ふたりは緑豊かな世界へ到着した。  思わず空を見上げる。  生い茂った枝葉の上に青くて青い空がある。その向こうには深く濃い緑の山並み。  鳴は記憶を辿ってみたが、幼いころ今と同じ光景を目にしたのかどうかは思い出せなかった。  ただそこはかとなく懐かしい。それが心の底にこびりついた記憶によるものなのか、原風景に対する感傷なのかまではわからなかったが。 「……田舎だ田舎だって聞いてたけど、ほんっとなんにもないね」  鳴はバス停の周囲を見回した。建物らしきものはひとつもなく、清々しい自然がどこまでも広がっている。  道の果てに目をやったときだった。軽トラックががたがたと揺れながら姿を現した。

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