230 / 279

初恋探し 2

「二ノ宮のお孫さんかい?」  鳴たちの前で止まった軽トラックから、男がひとり下りてきた。  Tシャツから伸びた腕は赤銅色に焼け、皺の刻まれたその顔もまた日に焼けている。髪は半ば白くなっているが、老人にしてはずいぶんと豊かだ。  どうやらこの男が史高の旧友、野田雅美(のだ まさよし)らしい。 「はい、そうです。押しかけてしまってすみません。今日からしばらくのあいだお世話になります」  鳴が頭を下げると、雅美は懐かしいものを見つめるように目を細めた 「ずいぶんと大きくなったね。鳴君は覚えてないだろうけど、君がまだ幼いころ何度か会ったことがあるんだよ。二ノ宮は息災かい」 「はい。たぶん俺よりも長生きするんじゃないかってくらいです」  鳴の言葉に短く笑う。その目が雪生に向いた。 「こちらが鳴君のご友人かね」 「ええっと、高校の先輩で友人の桜雪生……さん、です」  さんをつけるべきか君にするべきか、はたまた呼び捨てか。少し悩んでしまった。 「初めまして、桜雪生と申します。緑豊かな美しいところだと聞いて、鳴君にくっついてきてしまいました。今日から一週間、厚かましくもお世話になります」  雪生は一歩前へ進み出ると如才なく挨拶をした。雅美が瞬きしたのは高校生らしからぬ挨拶のせいか、一般人とはとても思えない容貌のせいなのか。 「じじいとばばあのふたり暮らしだ。若い人がきてくれたら嬉しいだけで、なにも気を遣うことはない。自分の田舎に帰ってきたと思ってのんびりしなさい」  人好きのする笑顔で言うと、幼い子供にするようにぽんぽんと頭を叩く。 (おおっ……! 雪生を子供あつかいするとはさすがはおじいさん世代! まあ、野田さんからしてみれば俺様何様キング様の雪生も孫みたいなもんだもんなあ) 「ふたりとも長旅で疲れただろう? 家に案内するから乗りなさい」  雅美は軽トラックを指差した。どこにでもありそうな白塗りの軽トラだ。どう考えてもシートは運転席と助手席のふたつだけ。  すなわち誰かが荷台に乗ることになる。  お坊ちゃまの雪生を荷台に乗せるわけにはいかない。乗れと命じたところで両頬を千切られるだけだ。 「じゃあ、俺が荷台に乗るから、雪生は助手席に乗りなよ」  レディーファーストならぬお坊ちゃまファーストで譲ったのだが、雪生は不服そうな表情を向けてきた。 「どうして俺だけ助手席なんだ」 「どうしてって……助手席にふたりは無理でしょ。だから、俺が荷台に――」 「助手席にふたりは無理でも、荷台ならふたりでも三人でも乗れるだろ。おまえにだけ楽しい思いをさせるつもりはないぞ」  雪生はそう言うとさっさと軽トラックの荷台に乗ってしまった。  まさか雪生が好きこのんで荷台に乗るとは。まあ、助手席よりも荷台のほうが楽しいのは同意である。  鳴は雪生の隣に腰を下ろした。夏の陽射しを浴びた鉄板が熱い。視線を上げると山々の上に夏の空が広がっている。  夏休みが始まったんだ。雪生と過ごす初めての夏が。  軽トラックがゆっくり走り出すと、風がふたりの髪を揺らした。汗が奪われていく感覚が心地いい。  隣の雪生に目を向けると、妙に楽しげな表情で遠ざかっていく景色をながめている。今にも鼻歌を歌い出しそうな表情だ。  夏休みで浮かれているんだろうかと思ったが、雪生がそれくらいで浮かれるとも思えない。 「雪生、なんか楽しそうだね。ひょっとして持ち株が急騰したとか?」 「おまえの初恋の相手がとうとう判明するときがきたからだ」  雪生は悪戯っぽく微笑んだ。いつもよりテンションが高いというか子供っぽいというか。なんだか今日の雪生は雪生らしくない。

ともだちにシェアしよう!