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初恋探し 4
そろそろ日が暮れてきたのと長旅の疲れもあったので、思い出の川には明日いってみることにした。
旅行はまだ始まったばかりだ。なにも焦ることはない。
「まあまあ、お若いイケメンがふたりもいると、食卓が華やかでいいわねえ」
ふくよかな頬に柔らかな笑みを浮かべて言ったのは、雅美の妻――野田ちとせだ。ちとせは雅美より七つ年下で、愛らしさの残った顔立ちをした老婦人だ。小柄な身体に割烹着がとてもよく似合っている。
「えっ? そ、そうですか?」
隣に座っている雪生を思わず見つめる。
平凡オブ平凡とひとまとめにイケメンと言われて気を悪くしたのでは、と思ったが、雪生は穏やかな微笑を浮かべているだけだった。
鳴と雪生、それに野田夫妻は飴色のダイニングテーブルを囲んで座っていた。
リノベーションしただけあって、古めかしくはあるものの洒落た造りのダイニングルームだ。テーブルの数さえ増やせば今すぐにでも古民家カフェやレストランが開けそうだ。
うっすらと懐かしいのは元の造りを活かして改築したからだろう。
「すごいごちそうですね。ひょっとしてお気を遣わせてしまいましたか?」
雪生は食卓にならべられた数々の皿をながめて目を瞠った。
胡瓜や茄子、トマト、オクラ、とうもろこしなどの夏野菜をつかった料理が大きな皿に盛られてところせましとならんでいる。すべてこの家の畑で採れたものだそうだ。
ローストビーフに見えるものは鹿肉のローストで、近所の猟師が仕留めたものだと言っていた。
「ごちそうだなんて、ただの田舎料理ですよ。うちで採れたお野菜にご近所さんからいただいた鹿肉。若い人には物足りないんじゃないかしら」
「いいえ、とても贅沢な食事です。採れたての野菜にジビエなんて、滅多に食べられるものじゃありません」
相変わらず鳴以外が相手だと口が上手い。
(でも、まんざらお世辞でもないのかも。雪生の表情が柔らかいし)
「長旅で腹も減ったろう。さあ、遠慮なく食べなさい」
雅美に促されて、鳴は「いただきます」と両手を合わせた。
採れたての野菜は実に美味だった。とうもろこしは砂糖水で育てたんじゃ、というくらい甘かったし、他の野菜もみずみずしく甘みがあった。
鹿肉は初めて食べたがあっさりした中に旨みがしっかりとあり、これまた美味だった。
鳴と雪生が美味しいと口にする度に、野田夫妻は目許を綻ばせた。
「しかし、こんななにもない田舎に遊びにくるなんて、君たちもずいぶんと酔狂だね。若い人たちには退屈じゃないのね」
いえいえ、遊びにきたわけじゃなく初恋の子の手がかりを探しにきたんです。などと正直に打ち明けるのはかなり気恥ずかしい。
「子供のころ訪れた場所をもう一度見てみたいなーって」
鳴はあははと笑ってごまかした。
「あ、そうだ。この近くに子供が遊べそうな川ってありませんか? むかーし川で遊んだ記憶があるんですけど」
まだ幼かった鳴が泳げたくらいの川だから、流れは緩やかで深さもそれほどないはずだ。
「ここから少し歩いたところに千里川という川があるよ。流れが穏やかだから、ここいらの子供たちの遊び場になっている。たぶんそこじゃないかな」
明日になったら案内しよう、と雅美は言った。
夕食がつつがなく終わると、鳴たちは風呂へ入るように促された。祖父の元実家の風呂はノスタルジックな丸いタイル張りで、昭和の風情が漂っていた。
鳴は脱衣所で服を脱ぎながら、ちらりと雪生へ目を向けた。当たり前のようにふたり一緒に案内されてしまったが、雪生と風呂に入るのはあまり気が進まない。
入寮初日、雪生になにをされたかいまでもはっきり覚えている。なにせ他人に股間をつかまれたのはあれが生まれて初めてだったのだ。
「なんだその目は」
雪生は服を脱ぐ手を休めて鳴を見つめ返した。
「いや、あのさ、ここは人様の家なんだから、おかしな真似してこないでよ」
「おかしな真似?」
「前に風呂場で俺にしたような真似だよ」
雪生は言っている意味がわからない、という表情で首を傾げた。
「俺が風呂場でおまえになにをしたっていうんだ。俺はおまえの健康チェックをしただけだぞ」
「だから! その健康チェックをするなって言ってんの! いや、ふつうにチェックするならまだいいけど、股間を揉んできたりしないでよ」
「それは要するに股間を揉んで欲しいと遠回しに誘って――」
「断じてちがいます」
そんなやりとりはあったものの、鳴と雪生はふたり一緒に風呂へ入った。
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