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初恋探し 6

「どうした、いきなり大声を上げて」 「思い出した。うちのじいちゃんにあの子と一緒に風呂へ入れって言われて、むちゃくちゃ焦ったこと」  あの子と一緒に風呂場へつれていかれたと思ったら、一緒に入るように言われたのだ。  二、三歳児ならまだしも、小学生前後となれば多少の羞恥心は芽生えている。男の鳴はともかく女の子は裸を見られるのは嫌に決まっている。 「じいちゃん、なんてこと言うの! 俺、ひとりで入るから! ふたりともさっさと出てって!」  半ば怒ってふたりを脱衣所から追い出したのだった。 「あれ、っていうことは、あの子もこの家に泊まってたんだ。……え? じゃあじいちゃん、あの子を知ってるってこと? でも、黒猫みたいな美少女なんて知らないって……」  いったいどういうことなのだ。この家にきたということは祖父の友人の孫かなにかだということだ。  それほど縁のある相手をあの祖父が忘れるとはとても思えない。孫の鳴よりもいまだ記憶力がいいくらいなのに。 「一緒に入ればよかったじゃないか、風呂くらい」  雪生は鳴の途惑いを無視するようにあっさり言った。 「風呂くらいって……。あのねえ、雪生、女の子とお風呂に入るなんてそれこそ犯罪だよ。……なにその目」  鳴を見つめる雪生の視線は雄弁だった。そこにはありとあらゆる言葉が光となって宿っている。  そこまではわかるのに、それを読み解く術が鳴にはない。 「言いたいことがあるならはっきり言ってよ。気になるじゃない」 「……まあ、いい。いずれわかる」 「いずれじゃなくっていますぐ知りたいんだけど」  しかし、雪生はそれには答えずに、かわりのように湯船の中で身を寄せてきた。 「なっ、なに――!?」 「今日はまだおはようといってきますのキスをしただけだったな。いまここでまとめてしてやる」  顎をくいっと持ち上げられて、至近距離で目と目が合う。 「い、いいって! そんないちいち律儀にキスなんてしなくても!」  雪生にキスされるのは慣れっこといえば慣れっこなのだが、ふたりとも裸というシチュエーションではまずいんじゃないだろうか。  いつものおはようやいってきますのキスでも心臓がフル稼働するのに、裸でキスされたりしたら心臓が破裂してしまうかもしれない。 「ちょ、ちょっとそんなに近寄らない――」  剥き出しになった肌と肌が湯の中で触れ合う。  触れ合った肌の生々しさに全身が硬直する。心臓がドッドッドッと荒々しく動き出す。いまにも蒸気を上げて走り出しそうだ。 「目を閉じてろ」  笑みを含んだ声で命じられて、ついつい素直に従ってしまった。  視界が暗くなった瞬間、唇が柔らかな感触に包まれた。  すぐに離してはやんわりと食むように繰り返し口づけてくる。  肩をつかむ手の温度がダイレクトに伝わってくる。湯船の中で膝と腿が触れ合い、その箇所だけが火傷したみたいにじんじん疼く。 (なんかもうヤバいって……! エッチすぎでしょ、こんなの!)  全身の血が凄まじい勢いで上昇していく。顔が、耳朶が熱い。  雪生の片手が肩から離れて、鳴の脇腹を優しく撫ぜた。  限界だ―― 「も、も、もう終わり! ここで終了! これ以上したらお巡りさんに捕まっちゃうから!」  鳴はざざーっと湯を掻き分けて雪生から遠ざかった。 「なんだもういいのか。遠慮深い奴だな」  遠慮じゃない。心臓の健康を守るために必要な対応だ。 「あのね、雪生! 裸でキスとかそんなやらしーことはもっと大人になってから、好きな子とだけするんだよ! 冗談半分でしていいことじゃないの!」  真っ赤な顔で雪生を睨みつけたが、雪生は憎らしいほど平然としている。 「そうか、大人になって好きな奴が相手ならいいんだな」 「言っとくけど相思相愛の場合だけだからね!」  雪生が片想いなんてするはずないか、と思ったが、リアルタイムで好きな相手には片想いしているんだった。  この俺様何様キング様が片想いしている。改めて思うと、おかしいような切ないような。  頑張れって励ましたいような、もうそんな相手は見切りをつけなよ、と諦めさせたいような。  そんな複雑な気分に襲われる。 「そろそろ出て身体を洗うか。鳴、背中を流してやるからそこに座れ」  雪生は湯船から出ながら命じてきたが、雪生に背中を流してもらうなんて嫌な予感しかしない。  鳴はそれはそれは丁重にお断りしたのだった。

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