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初恋探し 7

 ちとせは夜になるとふたりの部屋に蚊帳を吊るしてくれた。  部屋の片隅には細い煙の筋を上げている蚊取り豚。  いかにもな田舎の夏だ。 「雪生は天蓋つきのベッドは知ってても、蚊帳なんて知らないでしょ」  鳴は蚊帳の裾を慎重に持ち上げて中へ入った。  大きな蚊帳の中には二組の布団が敷かれている。そのうちのひとつへごろんと寝転がる。 「蚊帳くらい知っている。おまえが知っていてこの俺に知らないことなんて、この世の中には存在しない」 「え、存在するでしょ。うまい棒とか唐揚げ入りのおにぎりとか知らなかったじゃない」 「ああ、確かに俺は低俗な事柄に疎いきらいがあるな。それは潔く認めよう」  低俗て。その低俗な唐揚げ入りのおにぎりを喜んで食べていたのはどこのどいつだ。  特大サイズのうまい棒で殴って記憶を取りもどさせてやりたい。  雪生は自分も蚊帳へ入ってくると、隣へごろんと横たわった。 「……懐かしいな」  天井を見上げながらぽつりと呟く。 「え?」 「ずっと昔……まだ小学二年生だったころ、こうやって蚊帳の中で寝たことがあった」 「へえ、雪生の家でも蚊帳を吊るすことなんてあるんだ」  桜家は西欧風の豪邸かと思っていたが、実は和風のお屋敷なのかもしれない。 「いや、俺の家の話じゃない。昔、祖父の友人の家に招待されたことがあって、そのときの話だ」 「ふうん……雪生にもそんな思い出があったんだ。子供のころの蚊帳ってなんだかわくわくするよね」 「いや、いまでもわくわくするな。秘密基地みたいな感じがいいのかもしれない」  鳴は目を瞬かせた。  雪生とは思えないくらい素直な科白だ。 (なんだか今日の雪生っていつになく年相応っていうか、素直っていうか……。旅行でテンションが上がっちゃってるのかな)  素直な雪生はやっぱりちょっと、いや、かなり可愛い。 「あ、ひょっとしておにぎり食べたのってそのときなんじゃない?」 「え?」 「ほら、前に言ってただろ。人生で一度だけおにぎりを食べたことがあるって。日本人らしい体験をしたのはそのときなんじゃないかなって」 「鳥頭のおまえがよく覚えてたな」  雪生は本気で驚いたらしく目を丸くした。  素直は素直だけどこういう素直さは可愛くない。 「ああ、そうだ。思い出した。祖父のご友人の孫が握ってくれたんだった。ただの塩むすびだけどな。それがびっくりするほど美味かったんだ」  雪生は布団に横たわって鳴を見つめている。  その眼差しが妙に意味ありげに感じられて、心臓がドキッと跳ねた。  悪戯を企む子供みたいというのか。恋人を甘やかすみたいというのか―― (いやいやいや! 恋人とかないないないから! 俺たちは健全な友達だから! ちょっと股間を揉まれたり、ちょっとどころじゃなくキスされたりしてるけど友達だから!)  このまま起きていたらもっと変なことを考えてしまいそうだ。 「お、俺もう寝るね。おやすみなさーい」  鳴は雪生に背中を向けて目を閉じた。が、畳が軋むかすかな音が聞こえた瞬間、肩をつかまれて仰向けに押さえつけられていた。

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