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初恋探し 8
真上に雪生の双眸がある。
悪戯を企む子供みたいな、そのくせ甘い瞳。
「キ、キスならさっきお風呂でさんざんしたでしょ!」
「遠慮しなくていい。主人のキスは奴隷として当然の権利だからな」
そんな権利を誰がいつ欲したというのか。
鳴の反論はしっとりした唇にふさがれた。
心臓がピキッと硬直する。
唇は啄むように触れてすぐに離れた。と思ったらまたすぐに啄んでくる。
キスを繰り返すうちに心臓の硬直は解けて、ドッドッドッと荒い鼓動を打ち始めた。顔が熱い。耳朶がちりちりする。
いったいこの男はどういう了見でこんな恋人同士みたいなキスをするのか。
小一時間ばかり問いつめてやりたい。
(こういうキスは好きな人にしかしちゃダメだって! 誤解されたらどうすんの! いや、俺は誤解したりしないけど! あ、じゃあいいのか――ってそんなわけないでしょ!)
やっとキスから解放されたとき、鳴は全力疾走したかのように息も絶え絶えになっていた。
涙目で呼吸を整えていると、雪生の手が顔へすっと伸びてきた。
「なっ、なに――?」
思わずびくっと肩を竦める。
雪生は鳴の前髪を掻き上げると、額に口づけを落とした。
雪生らしからぬ優しい眼差しで鳴の目の奥をのぞきこみ、
「鳴、おやすみ」
そう告げると、鳴から離れて電灯を消した。隣の布団へ静かに横たわる。
鳴が闇の中で微動だにできずにいると、やがて安らかな寝息が聞こえてきた。
(……わかってたよ。わかってたけどなんて勝手な人だろう。人を動揺されるだけさせておいて、自分はさっさと寝るなんて。この心臓どうしてくれるんだよ……!)
全力疾走したあとみたいに鼓動がうるさい。耳まで真っ赤になっているのが鏡を見なくてもわかる。
鳴はまだ唇の感触の残っている額に恐る恐る触れた。唇の名残が熱くてたまらない。
キスなんて今までもさんざんされてきた。股間を揉まれたことだって何度もある。
その度に動揺してきたけれど、今がいちばん動揺している。
だって、シャレにならない。額にキスなんて親子か恋人同士だけがする行為だ。
雪生にそんなつもりがないのはわかってる。主人として奴隷にキスしただけで。
(わかってる、わかってるよ! 俺と雪生は主人と奴隷、でもって友達ってだけだって。キスしたりするのは雪生に一般常識が欠如してるからだって。特別な意味なんかないって)
わかってる。わかっているのに、鼓動は息苦しくなるほど荒々しく波打っている。
苦しい。痛い。
今のキスに特別な意味がないとわかっているから苦しくて痛い。
どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。それとも逆に最後の最後まで気づかなければよかった。
(俺、雪生が好きなんだ)
自覚するのと同時に絶望した。
だって相手は桜雪生だ。恋の相手としてこれほど不向きな人間がいるだろうか。
いや、いない。
まず第一に雪生がそういった意味で鳴を好きになる可能性は限りなくゼロパーセントだ。
天地がひっくり返って雪生が鳴を好きになったとしても、振りまわされるだけ振りまわされて身も心もボロボロになるのは目に見えている。
なんという悪趣味。なんという災厄。
夜のしじまの底で、鳴は己の不幸を深く深く呪ったのだった。
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