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史上最悪の恋 7

 鐘の音は十一回鳴り響いて止まった。どうやら時刻は二十三時らしい。布団に入ったのが二十一時ごろだったから二時間も布団の中でもだもだしていたのか。 (そういえばずっと昔にもこんなことがあった気がする……。鐘の音がたまらなく不気味で布団の中で震えていたっけ。そうしたら今みたいに隣から手が伸びてきて――) 「あっ!」  鳴は思わず半身を起こしかけた。 「どうした? 幽霊の姿でも見えたのか」 「ちょっと! 怖いこと言うのやめてくれる!? そうじゃなくって、思い出したんだよ」  まだ子供だったころ、鳴は振り子時計の音が怖くてたまらなかった。重々しい鐘の音にいざなわれてこの世の者じゃない何者かがどこからともなく這い出てきそうな気がしたのだ。  祖父の実家へ遊びにいくのは夏の楽しみのひとつだったが、振り子時計のことを思うと少しだけ憂鬱だった。 『眠れないのか?』  あの夜、さっきの雪生みたいに声をかけてきたのは黒猫を思わせる美少女――初恋の子だった。 『手を握っててやる。これなら眠れるだろ』  小さな手がやはり小さな鳴の手をしっかりと握りしめた。  鳴を安心させるように微笑む少女の顔を、常夜灯の灯りがうっすらと照らし出していた。  あの瞬間、鳴は恋に落ちたのだ。 「俺さ、子供のころ振り子時計の音が怖くてたまらなかったんだよね。俺が怯えて眠れずにいたら、隣で寝てたあの子が俺の手を握ってくれたんだ。……それがきっかけで好きになったんだよ」 「たったそれだけのことで?」  雪生は呆れた口振りだったが、鳴を見つめる瞳は不思議なくらい優しげだった。  なんだか雪生らしくない。お願いだからいつもの雪生にもどって欲しい。俺様で、口が悪くて、鳴のことなど人間あつかいしないくらいがちょうどいい。  そうじゃないと心臓が痛くて苦しい。ますます好きになってしまう。 「別にいいでしょ。きっかけなんてどれくらいささやかでも」  次の日から鳴はあの子にいいところを見せようとあれこれがんばってみた。川で泳ぐコツを教えたり、あの子が登れない高さの木を登ってみせたり、鳴なりに精一杯努力した。  しかし、鳴がいいところを見せようとすればするほど、初恋の少女は不機嫌になっていった。  きっとあの子は非常に負けず嫌いな性格だったんだろう。今ならかんたんにわかることも子供だった鳴にわかるはずもなく、ただひたすらに空回りするだけだった。 「それで相手の名前は思い出したのか?」 「えっ? いや、それはまだ……」  どうしてあの子が祖父の実家へ遊びにきていたのかもよくわからない。従姉のはずがないから祖父の友人の孫かなにかだろうか。 「肝心なことは思い出せないんだな」  雪生は呆れたように呟くと、鳴の手を握り直した。 「もう寝ろ。おまえ、昨日もろくに寝てないんだろ。睡眠をしっかり取らないとマヌケに磨きがかかるぞ」 「俺をマヌケ呼ばわりするのは雪生だけだけどね。……もう寝るよ。おやすみ、雪生」  鳴は雪生に手を握りしめられたまま目を閉じた。  不思議なくらい心がすっきりしている。鉛色に塗りこめられていた心が、たった一瞬で清々しい青に塗り替えられた、そんな気分だ。  鼓動はまだいつもより速いけど、もう途惑いは感じない。  今ならぐっすり眠れそうだ。 「おやすみ、鳴」  雪生の手の平が少しずつ温まっていくのを感じているうちに、鳴はいつしか眠りに落ちていた。
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