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ファーストラブ 2

 野田夫妻の作ってくれた朝食を食べ終わると、ふたりは夫妻と共に畑へ向かった。  田舎町の散策を開始したのは畑仕事の手伝いが終わってからだ。  鳴は蝉時雨を浴びながら雪生とならんで田舎道を歩いていく。  どの景色も懐かしい気がするのは訪れたことがある場所だからなのか。それとも日本人の原風景だからなのか。 「どうだ、なにか思い出せそうか?」  隣を歩く雪生が訊いてきた。  真夏だというのに雪生は長袖に足首まであるチノパンという格好だ。よっぽど日焼けをしたくないらしい。  素肌を見せられたら挙動不審に陥ってしまいそうなので、鳴にとってはありがたかったが。 「うーん、そうだなー。なんとなーく懐かしい感じはするんだけどなー」 「おまえのポンコツな記憶力にこれ以上期待しても無駄かもしれないな。後頭部に強い衝撃を与えたら過去を思い出すんじゃないか」  雪生は涼しい顔で恐ろしいことを言う。本気でやりかねないのが恐ろしいところだ。 「いやいやいや! 頭を殴られたりしたらショックで記憶喪失になるかもしれないでしょ!」  鳴は頭を両手で押さえた。 「冗談だ。いくらおまえが相手でも殴るのはまずい」 「いくらおまえでもってどういう意味だよ!?」 「やるのなら電気ショックだな。それなら法に反さない」 「いやいやいや! それどっちも犯罪だからね!」  天敵に見つかった海老のように雪生から飛び退ると、雪生は屈託なく笑った。 「冗談だ」 「たちの悪い冗談やめてくれる!? 一般常識に欠ける人が言うとシャレにならな――」  文句が途中で止まる。  昆虫の王様――カブトムシが視界に飛びこんできたからだ。 「どうかしたのか」 「ちょ、ちょっと待ってて」  青々と葉を茂らせた樹の幹に、大ぶりのカブトムシがとまっている。  雪生にいいところを見せる絶好のチャンスだ。鳴が颯爽とカブトムシを捕まえてプレゼントしたら、雪生は大いに喜び大いに感心するはずだ。  鳴は樹の幹に飛びつくと、するすると登り始めた。  カブトムシはかなり上の位置にとまっている。左手で枝をつかみ、右手をうんと伸ばす。 (よし! カブトムシゲットだぜ!)  鳴はカブトムシを逃さないようにポケットに入れると、樹を下りていった。 「いきなり木登りなんかしてどうしたんだ。猿だった前世の記憶が蘇ったのか?」  鳴は満面の笑みを浮かべて雪生の前に立った。 「じゃーん! これ見てよ。でっかいカブトムシ。都会だったら数千円はするよ。これ、雪生にプレゼントするよ。はい、どうぞ受け取って」  にっこり笑ってカブトムシを差し出すと、しかし雪生は「ひっ!」と声を上げて後退った。 「雪生? どうしたんだよ。ほら、カブトムシ。かっこいいでしょ」 「その不気味な物体を俺に近づけるな!」  雪生はますます遠ざかりながら鋭く叫ぶ。  不気味な物体というのは、まさかこのカブトムシのことだろうか。男子なら誰もが憧れてやまないのがカブトムシのはずなのに。  鳴は雪生の顔が真っ青になっていることに気がついた。 「えっ、雪生ひょっとして虫が苦手なの?」 「いいからさっさとそれをどこかにやれ!」  せっかく捕まえたのに、と思ったが、このままではいいところを見せるどころかマイナスポイントを稼いでしまう。  鳴が手の平を広げると、カブトムシは唸り声のような羽音を立てて空へ飛んでいった。 「ああ……数千円が……」 「鳴」  低い声に振り返ると、両頬を容赦のない力でつねられた。 「いだだだだだだ! やめて! ほっぺが千切れる!」 「この俺にあんな異様な生き物を近づけるとは、いったいどういう了見だ」 「だ、だって! まさか雪生がカブトムシがだめなくらい虫嫌いだなんて思わなかったから! 夏の黒いアレならともかくカブトムシだよ、カブトムシ!」 「いいか、鳴。世の中には昆虫はエイリアンだという説もあるんだ。そのくらい得体の知れない生き物だということだ。わかったら二度と俺に近づけるな」 「えっ、エイリアンなら今のうちに慣れておいたほうがいいんじゃない? 雪生は宇宙飛行士になるんだから――って、痛い! 痛いって! ごめんなさい! もうしません!」  鳴が半泣きで謝ると、やっと指が離れた。  いいところを見せるどころか、怯えさせて怒られて頬を失う一歩寸前になってしまった。

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