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ファーストラブ 4
鳴は走った。気づいてしまった事実から必死で逃れようとするかのように。
まかさという思いと、そうだっとのかと納得する思い。ふたつの思いが鳴の中でせめぎ合っている。
果たして初恋の少女の正体は桜雪生なのか。
本人に訊けばてっとり早いのかもしれないが、
『ひょっとして雪生が俺の初恋の相手なの?』
などと本人に訊くのはマヌケにもほどがある。
だったら確かめる方法はただひとつ。
鳴は野田家に飛びこむと、ポケットからスマートフォンを取り出した。アプリを起動して月臣へメッセージを送る。
こんにちは。
雪生が子供のころの写真がいきなり見たくなったので送ってもらえませんか?
よろしくお願いします。
送信して一分後。
次から次へと写真が送られてきた。幼少のころの雪生の写真だ。
ひとりで映っているものもあれば、家族で映っているものもある。
(これ……あの子だ……。夢に出てきたあの子だ)
光沢のあるつややかな黒髪。やや眦のつり上がった大きな双眸。大人になったらさぞかし美人になるだろうと思わせる整った顔立ち。
間違いない。これはあの子だ。
『ゆきちゃん』
子供の声が頭の奥から聞こえた。
「……そうだ、俺、あの子のことゆきちゃんって呼んでた」
月臣から送られてきた写真は五枚。最後に、
『やっと気づいたのか?』
というメッセージが届いた。
月臣は気づいていたのだ。鳴の初恋の相手が弟だと。
初恋の子の話をしたときの妙に楽しげな表情を思い出す。あの時点で気づいていたに違いない。
「どうして教えてくれなかったんだよ……!」
歳は離れているけど友達だと思っていたのに。ひどい。
鳴は手にしているスマートフォンを腹立たしげに睨みつけた。
月臣以上に許せないのは祖父の史高だ。
雪生のことを知っていたのにずっと素知らぬ振りをしていたのだ。
なんだって孫を欺く真似をしたのか。わけがわからない。このままでは人間不信になりそうだ。少なくとも祖父不信にはすでになっている。
鳴が部屋の真ん中でへたりこんでいると、すっと襖が空いて雪生が入ってきた。
心臓がどくっと揺れる。
「いきなり走り出してどうかしたのか」
整った顔に浮かぶのは涼しげな微笑。余裕たっぷりのその顔が癪に障る。
雪生はすべて知っていたのだ。
いったいいつから?
最初からだ。鳴が入学したときからすべて知っていたのだ。
太陽も月臣も言っていたじゃないか。鳴と雪生は以前にどこかで会っているはずだ、と。だから奴隷に選んだのだ、と。
ふたりの言葉をもっとよく考えてみるべきだった。
「雪生……ちょっと訊きたいんだけど……」
鳴はゆらりと立ち上がった。
「なんだ」
「俺の初恋の子って雪生なの……?」
先ほどは呑みこんだ質問を口にする。
ああ、なんてマヌケな質問だろう。今回ばかりは雪生にアホだマヌケだと腐されても反論できない。
「ああ、その通りだ」
雪生はにこりと微笑んだ。
「やっと気づいたのか。予想以上に時間がかかったな。まあ、マヌケなおまえらしいと言えばおまえらしいけどな」
「――――――」
言いたいこと聞きたいことは山のようにある。が、しかし――
先ほど引いた血の気が一瞬でもどってきたのか顔が熱い。
ヤバい。このままだと顔から火を吹いてしまう。
そう判断した鳴はふたたび脱兎のごとく駆け出したのだった。
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