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ファーストラブ 5

 過去の言動が次から次へと蘇る。 『その子、すごく泣きじゃくっててさ。どうにかして泣き止ませようと思ってキスしたんだよ』  ああ、そうだ。つまり鳴のファーストキスの相手はけっきょく雪生だったということだ。  男に、それもどこの馬の骨とも知れぬ平凡庶民に唇を奪われたことを、雪生はどう思ったんだろう。雪生だってさすがにファーストキスだったはずだ。  ひょっとしたらファーストキスを奪われたことを恨んで奴隷に指名したのかもしれない。 『俺、たぶんその子のことが好きだったんだよ。ひょっとしたら初恋だったのかも。じゃなきゃ、いくら目の前で泣かれたってキスなんかするはずないし』  ……本人を前にして思いっきり告白してしまった。それも自覚もなしに。  恥ずかしい。穴があったら入りたい。そして雪生の手で埋めて欲しい。 『俺さ、子供のころ振り子時計の音が怖くてたまらなかったんだよね。俺が怯えて眠れずにいたら、隣で寝てたあの子が俺の手を握ってくれたんだ。……それがきっかけで好きになったんだよ』  おまけに好きになった理由まで話してしまった。赤裸々な告白にもほどがある。  顔が痛いくらいに熱い。鏡を見なくても耳まで真っ赤になっているのがわかる。そろそろ比喩じゃなく顔から火が出るかもしれない。  気がつくと子供のころ遊んだ川までやってきていた。  夏でも冷ややかな川の水で顔を洗い、顔の火照りを静める。ハンカチでは間に合いそうになかったので、Tシャツの裾をめくってを顔を拭う。  鳴は前髪から水を滴らせながら川面へ視線を向けた。  まだ幼かったころ雪生と一緒に遊んだ川。  陽光を受けてきらきら光る川の中でふたりの子供が遊んでいる。  ひとりは鳴、もうひとりはTシャツにショートパンツ姿の美少女――いや、少女じゃない。雪生だ。  雪生は海やプールでしか泳いだことがないらしく、川での泳ぎに苦戦していた。 『川は流れてるし、真水だからちょっと難しいんだって。じいちゃんが言ってたよ。俺がお手本を見せてあげる』  鳴はなんとかいいところを見せたくて必死だった。上手に泳いでみせたら少しは見直してくれるかもしれない。  が、見直すどころか機嫌を損ねたらしく、雪生は鳴を睨んできた。 「庶民のくせに生意気な」 「庶民てなに?」  小学一年生だった鳴には庶民の意味がわからなかった。首を傾げてひとつ年上の少女――いや、少年を見つめる。 「僕のお父様はSAKURAグループの代表取締役なんだぞ。お祖父様は会長だ。ほんとうだったらおまえなんか口も聞けない立場なんだ」  雪生は鳴を指差してつけつけと言った。  SAKURAグループだとか代表取締役だとか言っている意味がよくわからないが、要するにこの子の親は偉い人らしい。  でも、それがどうしたっていうんだ?  鳴は純粋に不思議だった。

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