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ファーストラブ 7
いつまでもここでこうしているわけにもいかない。
「……雪生と話をしなくちゃ」
初恋の少女の正体はわかったが、逆にわからないことも増えてしまった。
雪生に訊けばすべてがはっきりする。
鳴は意を決すると、つい先ほど駆け抜けた道をもどっていった。
「ただいま……」
小声で挨拶しながら家に入る。どうやら野田夫妻はまだ畑からもどってきていないらしく、家の中はしんと静まりかえっていた。
鳴は風鈴の涼しげな音にいざなわれて縁側へ向かった。
(いた……!)
雪生は縁側に腰かけて本を読んでいた。
「やっと帰ってきたのか。おかえり」
鳴に気づいて振り返ると、風鈴の音のように涼しげな笑みを浮かべる。
「た、ただいま……」
「無駄に走ったから腹が減っただろ。おにぎりを作っておいたから食べるといい」
雪生の傍らにおにぎりが三つのせられた皿が置いてある。
今までさんざん雪生のためにおにぎりを握ってきたが、雪生に握ってもらうのはこれが初めてだ。
鳴は雪生の隣に腰を下ろすと、ラップを剥がしてひとつ手に取った。綺麗な三角形に握られた白いおにぎり。
ひと口食べてみると予想通り塩むすびだった。
鳴は雪生の横顔を見つめた。雪生はすでに読書へもどっている。まるで何事も起こっていないような態度だ。
「……あのさ、雪生」
「なんだ?」
雪生は本から顔を上げた。その顔からそっと目を逸らして庭へ向ける。
庭に植わっている朝顔はもう花を閉じている。朝顔の横には真っ赤なサルビア。小学生のころよく花をちぎって蜜を吸ったっけ。
「雪生は最初から知ってたわけ。俺が子供のころ遊んだ相手だって」
「知っていたもなにも。おまえを春夏冬に入学させたのはこの俺だ」
「――は?」
整うだけ整った顔をまじまじと見つめる。その顔からはいかなる感情も読み取れない。
「入学させたのはこの俺って――」
「相馬鳴を春夏冬に入学させること。それが俺が春夏冬に入学して、前生徒会長の問題を解決する交換条件だったんだ」
鳴は思い出した。春夏冬に進学先を決めたのは祖父がゴリ押ししてきたからだったことを。
「春夏冬以外は認めん! 春夏冬に進学するか、さもなくば就職するか。そのどちらかを選べ! ……なんてじいちゃんが言い出したの雪生のせいだったわけ!?」
おかしいおかしいと思っていたが、まさか裏で雪生が絡んでいたとは。
「え、まさかそれって一種の裏口入学――」
「いや、おまえはちゃんと試験を受けてちゃんと合格したんだ。理事長はおまえの入学金と学費と制服代を無料にしただけだ。一般家庭に春夏冬の入学金や学費はかなりの負担だからな」
入学金そのほか諸々は祖父が出したという話だったが、実際はゼロ円だったのか。
次から次へと驚愕の事実が明かされていく。
「おじいさんの友達どうこうって言ってたけど、あれってつまり俺のじいちゃんのことだよね?」
「ああ、もちろんそうだ。おまえの祖父君と俺の祖父は大学時代の友人なんだ。ついでに言うと春夏冬の理事長もだ。俺の祖父と理事長が幼馴染みだって言う話は前にしただろ。その縁もあって大学時代はよく三人で遊んでいたらしい。今でもときどき一緒に酒を飲んでいるそうだ」
「――――――」
鳴の祖父は優秀な大学を卒業しているから、大企業の経営者や学校の理事長と知り合いだったとしてもおかしくはない。おかしくはないが――
「前にここを訪れたのは小学校二年生の夏休みだった。じきにアメリカにいくことになっている俺に、日本の夏らしい体験をさせてやろうと思って、祖父がおまえの祖父君に頼んだらしい。うちの孫も一緒に遊ばせてやってくれ、と」
「そこまではわかったけど……。雪生はともかく、なんだってじいちゃんまで俺を騙すような真似……」
「俺が口止めしたんだ。おまえの祖父君だけじゃなく俺の祖父にも。おまえが俺を思い出すまでは素知らぬ顔をしていて欲しいと。まさかここまで時間がかかるとはな」
雪生は小さく溜息を吐いた。
緩い風が吹いて、風鈴をちりりん……と鳴らす。
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