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ファーストラブ 9
「っていうかさ、最初に言ってくれればよかったんだよ。俺とおまえは子供のころ会ったことがあるんだって。教えてくれてたら俺だってもっと早く思い出してたよ」
「おまえ自身に思い出して欲しかったんだ」
真っ直ぐに瞳を見つめられて息がつまる。
「俺だけがずっと覚えていたなんて悔しいだろ。マヌケなおまえが俺のことを忘れてるのは想定の範囲内だった。でも、まさか思い出すのに四カ月もかかるとなは。俺の想定以上におまえがマヌケだったという証明だな」
「しょ、しょうがないでしょ! 小さいころの雪生はどう見ても女の子だったんだから!」
さっきは呑みこんだ言葉がつるっと出てしまった。
雪生の口許に妙な色気のある浮かぶ。
「そうだな。おまえの初恋の相手もファーストキスの相手も俺だった」
「――――――」
嫌な相手に嫌なことを知られてしまった。
これからこのネタでさんざんイジられ倒すに違いない。鳴に雪生クラスの権力と財力があるなら電気ショックで記憶を消し去ってやれるのに。
「よかったな、鳴」
「なにが――」
「初恋が実って」
「は?」
意味を問うより早く雪生の顔が近づいてきた。
鼻と鼻がくっつきそうな距離。心臓が硬直する。
次の瞬間、くっついたのは鼻と鼻ではなく唇と唇だった。
「ぎゃっ!」
鳴はトラックに轢かれたヒキガエルみたいな声を上げて、縁側をずささささっと尻で後退った。
「なんだその無様な悲鳴は」
「なんだじゃないでしょ! これからは俺にキスするの禁止だから!」
キスされると心臓に変調をきたすのは、雪生への想いに気づく前からだ。好きだと気づいてからはそれがますます悪化した。
今までみたいな調子でキスされたら、間違いなく近日中に死に至る。心臓への負荷があまりにも激しすぎる。
「言っている意味がわからないな。今このタイミングで禁止する意味がどこにある?」
雪生の長くしなやかな指が前髪を掻き上げる。白い額が露わになり、そんなことにさえ心臓がどくっと唸る。重症だ。
「っていうか! 今までがおかしかったんだよ。男同士で、いや、男女だったとしても恋人でもなんでもないふたりが毎日毎日毎日キスするなんて、どう考えたって変でしょ! ふしだらだよ、ふしだら! お母さんは許しませんからね!」
「誰が誰の母親だ。まあ、おまえの言うことにも一理ある」
雪生はいつにない素直さで鳴の言葉にうなずいた。
「で、でしょ? だから、今日からキスは――」
「今日から恋人同士になったんだから、今まで通り毎日キスしてもかまわない、ということだな」
「……………………は?」
鳴はぽかんとして雪生を見つめた。
(……えーっと、この人、恋人同士とかなんとか言った? 俺の聞き違い……じゃないよな。はっきりそう言ったもん。っていうことは……そうか恋人の意味を間違って覚えるってことか。天才のくせにそんなことを間違って覚えてるなんてどうなの。まあ、しかたないか。いくら頭がよくっても長い間アメリカで暮らしてきたんだから)
「雪生、恋人っていうのは英語で言うと……えーっとなんだっけ? ラブヒューマン? って意味なんだよ。主人と奴隷とか友達って意味じゃなくってさ」
鳴は雪生の肩をぽんと叩くと、できの悪い子供を慈しむような眼差しを向けた。
「恋人はラヴァーだ。スペルはエルオーブイイーアール。これくらい俺の奴隷として覚えておけ」
「いてててててて!」
手の甲をぎゅっとつねられて悲鳴を上げる。
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