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ファーストラブ 10
「マヌケだマヌケだと思っていたが、おまえは細胞ひとつ残さずマヌケなんだな」
雪生はほとほと感心した、と言いたげな表情だ。その顔をキッと睨む。
「恋人の意味を間違って覚えてる人にマヌケとか言われたくないよ」
「どこが間違ってるんだ。おまえは俺が好きで、俺もおまえが好きだ。両想いなんだから恋人同士で間違いないだろ」
「――――――」
言っている意味がわからない。ああ、そうか。雪生の言っているのは友達としての好きという意味か。
友達としてでも面と向かって「好きだ」と言われるのはけっこう恥ずかしいものがある。
「うん、俺も雪生のことは大切な友達だと思って――いでででで! なんでつねるんだよ!」
「面白くもなんともないボケはいい加減にしろ。というか、おまえ本気の本気でわかってないのか?」
雪生の顔がずいっと近づき、まじまじと顔を見つめてきた。
「な、なに? ちょ、そんな顔を近づけられると呼吸が――」
「おまえは俺が好きでもない奴にキスしたり、あまつさえ股間を揉むような、そんな不埒な人間に見えるのか?」
「えっ? いや、だってアメリカにいるときはけっこう遊んでたらしいし、割と不埒な人間に見えるんだけど」
「人聞きの悪いことを言うな。俺はただ五人の女性と誠実な交際をしていただけだ」
「あれ? 前のときは三人って言ってなかった?」
雪生の表情がぴしっと固まる。どうも雪生には頭が良い割りにうかつな一面がある。
(そういうところも可愛い……なんてもうほとんど病気レベルだよなあ……)
鳴は恋は病という言葉をしみじみ実感した。
「それはともかく」
誤魔化しかたが雑である。
「おまえの鈍感さは病気レベルだな。さんざんキスしたり気持ちよくしてやってたから、うすうす気づいているものとばかり思ってたぞ」
「してやってたってなにその上から目線! 雪生が俺にしてたのはただのセクハラでしょ!」
「なにをしようが相手が喜べばハラスメントにはならないんだ」
「だから! 喜んでな――」
鳴は言葉を止めた。
いや、ちょっと待て。今はセクシャルハラスメントの定義を論じている場合ではない。
さっき雪生は言った。初恋が実ったと。鳴の初恋の相手は雪生で、初恋が実ったというのは雪生もまた鳴に恋しているという意味だ。
脳みそがフリーズする。
「ドンペリを浴びせられたカエルみたいな顔をしてどうしたんだ」
「それどういう表情――じゃなくって……」
鳴は両目を見開いて雪生をまじまじと見つめた。雪生はほのかに笑みを浮かべて、真っ直ぐに鳴を見つめ返している。
風鈴の音がやけに遠い。そのかわりのように鼓動が耳のすぐ奥から聞こえてくる。
先ほどからの雪生の言葉を素直に受け止めると、雪生から鳴へ向けられているのは友情ではなく恋愛感情ということになる。
「えっ、いや、まさか、そんな嘘でしょ……!」
ひょっとして人を天に昇る心地にさせておいて、後から地獄のどん底にたたき落とそうという魂胆だろうか。
いや、雪生はそんなことをする奴じゃない。俺様だし我儘だし一般常識に甚だしく欠けているけれど、人を傷つけて楽しむような奴じゃない。
だから好きになったんだ。
「なにが嘘なんだ?」
「だ、だって、俺は男だし、庶民だし、見た目も頭も運動神経も平凡だし」
「おまえは俺にとっての唯一無二だ」
きっぱりした口調に呼吸が止まった。
熱い拳が胸に叩きつけられたような、そんな感覚だった。
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