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ファーストラブ 13
雪生は鳴の言葉を聞いているのかいないのか、ポケットからスマートフォンを取り出すとどこかへ電話をかけはじめた。
「もしもし、俺だ。今月中にエグゼクティブスイートを抑えて欲しい。そうだな、できるだけ早いほうがいい」
エグゼなんとかスイートってなんだ、と鳴は首を傾げた。が、すぐにホテルのスイートルームのことでは、と思い至った。
なにせ雪生はラグジュアリーホテルを経営するSAKURAグループの御曹司だ。
「ちょっ! スイートルームとかいらないから! いちばん安い庶民向けの部屋でいいから――って、そうじゃない!」
無意識にノリツッコミをしてしまった。
「なにをひとりで騒いでいるんだ、おまえは」
初恋の相手であり、二度目の恋の相手でもある少年はスマートフォンを片手に冷ややかな視線を向けてきた。
そっちがムードある初夜のためにスイートルームを予約しようなんてするから大慌てしているのに、他人事みたいなその態度はなんなのだ。
「誰が俺を騒がせてると思ってるんだよ! ホテルの予約の前にすることがあるでしょ!」
鳴は手の平で縁側をバシッと叩いた。
「ホテルの予約の前にすること?」
果たしてそんなものがあるのか? と言いたげに眉を寄せる。
「ああ、プロポーズか?」
「プッ――ってそうじゃない! それはもっとずっと後の話で――ってそうじゃなくて!」
ぜーぜーと肩で荒く息をする。血圧が上がりまくってるのが測らなくてもわかる。
この歳で高血圧になったら絶対に雪生のせいだ。
「さっきから何をひとりでぎゃーぎゃー騒いでるんだ。両想いなのがわかって天にも昇る心地なのはわかるけど、少しは落ちついたらどうだ。あまり興奮すると血圧が上がるぞ」
「血圧ならとっくに上がってるよ! 雪生のせいで!」
鳴は噛みつくように怒鳴ったが、雪生はどこまでも果てしなく涼しい顔だ。
ああ、もう心底から腹立たしい。
心を落ちつかせるために息をすうっと吸いこむ。
「両想いなのがわかったばっかりなんだから、まずはデートとかスマホでメッセージのやり取りをするとか、そのあたりから始めるのがセオリーでしょ。いきなり初夜とかホテルとか、ふしだらだよふしだら!」
「おまえとデート? 今更?」
雪生は呆れた表情だった。
それが無自覚とはいえ九年間も想い続けてきた相手に対する態度なのか。
つき合い初めのカップルみたいなことをしたいだなんて、当たり前かつ健気な望みだとは思わないのか。
鳴は精一杯人相を悪くして雪生を睨んだ。
「雪生はアメリカでさんざん遊んできたからいいかもしれないけどさ、俺はこれが生まれて初めての恋愛なんだよ。いかにもつき合いたての恋人同士らしいことをしたいと思って何が悪い! 年齢イコール彼女いない歴のささやかな望みだろ!」
どんっ、と拳を縁側に叩きつける。
「人聞きの悪いことを言うな。俺は三人の女性と誠実な交際を――」
「それはもう聞き飽きた」
鳴の人相がますます険しくなる。それとは対象的に雪生はいとも楽しげに微笑んだ。
目の前に座っている平凡少年の顎をくいっと持ち上げると、
「そうだな。おまえは年齢イコール彼女いない歴だったな。つまりおまえの初めてはすべて俺のものだ、ということだ」
軽く触れるだけのキスをしてきた。
心臓がドクッと唸る。
鳴はぎりぎりと歯噛みした。
悔しいのか嬉しいのかよくわからない。相反するふたつの感情がマーブル模様の竜巻となって鳴の心を荒らしている。
「……言っとくけどね! 雪生のこれからもぜんぶ俺のものだってことだからね! そこんとこわかってんの!?」
悔しまぎれに怒鳴る。
返ってきたのはこれまで目にした中でもっとも華やかな笑顔――
「当たり前だ。俺はおまえのものだし、おまえは俺のものだ」
(――言葉がストレート過ぎるだろ!)
鳴は動揺のあまり癇癪を起こしそうになった。
縁側の上の手に手が重なり、ふたたび唇が重なる。今度は触れるだけじゃすまない深い口づけだった。
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