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ファーストラブ 14

(ほんとのほんとに雪生と両想いになったんだ)  いくら信じられなくても、それが現実なら信じるしかない。  唇が離れて、自然と見つめ合う。  甘くて熱い視線。フライパンで熱されたバターみたいに理性があっさり溶かされていきそうになる。 (――って、いやいやいや! なにムードに流されそうになってんの俺!)  ここは人様の家で縁側で、それに雪生とは両想いになったばかりだ。  だいたいこんなことをするためにここを訪れたわけじゃない。ここを訪れたのは初恋の少女を探すためで、どうして探そうとしたのかといえば勝手にキスしてしまったことを謝りたかったからだ。 (まあ、目的は達成できたといえば達成できたんだけど……。あっ、そういえば肝心なことをまだ訊いてなかった) 「ゆき――」  名前を呼びかけたそのとき、玄関ドアががらがらと開く音が聞こえた。 「ただいま。鳴君、雪生君、家にいるかい? 野菜を運ぶのを手伝ってくれ」 「はっ、はい! 今いきまーす!」  鳴は鞭で打たれたように立ち上がると、小走りで玄関へ向かった。  冷汗が背中を伝う。  あぶない、あぶない。あのままムードに流されていたら野田夫妻にとんでもない場面を見られてしまうところだった。 「さっきは何を言いかけたんだ」  すぐ後ろをついてきた雪生が訊いてきた。  振り返ってみたが、その顔にはやはり狼狽の欠片もない。厚顔無恥と言うべきか、大胆不敵と言うべきか。 「いや、そういえば肝心なことをまだ訊いてなかったと思って」 「肝心なこと?」  雪生は首を傾げた。 「えっと……あの、ほら、子供のころさ、泣いてる雪生にキスしちゃったじゃない。あのときどうして泣いてたのかなーって」  涙の溜まった大きな瞳。睨むように鳴を見つめていた。  それが雪生だとわかった今も思い出すと胸が苦しくなる。 「なんだ、それはまだ思い出していないのか」 「だから訊いてるんでしょ」  雪生は『おまえにキスされたのが嫌で泣いてたんじゃないのか』と言っていた。  それがほんとうだったら最低最悪のファーストキスということになってしまう。  泣き止ませたくてキスしたはず、とは思うのだが、絶対的にそうだと言い切れるだけの根拠はない。九年前の記憶はあやふやすぎる。 「それはな――」  雪生は意味ありげな微笑を浮かべると、もったいぶるように言葉を止めた。 「そ、それは?」 「それは秘密だ」  わざとらしいまでににこやかに微笑み、鳴をさっさと追い越して歩いていってしまう。鳴は慌てて雪生に追いすがった。 「えっ、いや、気になるから教えてよ」 「秘密と言ったら秘密だ」 「……まさかほんとにキスされたのが嫌で泣いてたの?」 「さあな」  そっけない返答だったが声は笑っている。鳴を焦らして楽しんでいるのは明白だ。 「ケチケチしないで教えてくれてもいいでしょ! これじゃあ気になってごはんが三杯しか食べられないよ!」 「三杯も食べれば充分だ。どうしても思い出したいなら頑張って自力で思い出すんだな」  どうやら教えてくれる気はさらさらないらしい。  鳴はまったくもって優しくない恋人の背中を睨みつけた。恋人同士になったはずなのに、雪生の態度は奴隷と主人だったときとこれっぽっちも変わっていない。 (ちょっとくらい優しくしてくれてもいいんじゃないの? ……いや、でもあんまり恋人同士っぽくされると血圧がヤバいことになりそうだから、雪生はこれでいいのかも)  こうなったら絶対に自力で思い出してやる。  ご主人様兼友人兼恋人の背中を睨みながら、鳴は心に固く誓ったのだった。

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