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入学式は悪夢のように 4

 言われた意味が一瞬どころではなく理解できなかった。 (……ああ、そっか。俺と同姓同名の生徒がいるんだな。俺には奴隷に指名される覚えがないもん)  たっぷり十秒はかかって言われた意味を理解した鳴は、現実逃避気味にそう考えた。  雪生の視線はまっすぐに鳴を貫いている。奴隷に指名された相馬鳴が同姓同名の誰かじゃないことは明らかだったのだが。 「どうした、相馬鳴。ここに上がってこい」  雪生は意地の悪そうな笑みを浮かべて高みから鳴を見下ろしている。ここまで顔立ちが整っていると、そんな表情すら魅力的なんだな、と頭の片隅で思う。  鳴は雪生を凝視しながら、生徒会長の言っている相馬鳴は俺じゃない俺じゃない俺じゃないと脳内で繰り返した。認めたら一貫のおしまいだ。  雪生の視線は相馬鳴がどこにいるのかを新入生たちに知らしめていた。鳴の周囲のざわめきが激しくなる。 「……これが相馬鳴?」 「桜さんの奴隷がたったひとりなんて……」 「どうしてあいつが選ばれたんだ」 「ぜんぜん冴えない奴じゃないか」 「あいつ、いったいどんな手をつかったんだ」 「取るに足らない存在のくせに桜さんの関心を買うなんて」 「許せない」  嫉妬の滴る囁きはだんだんと大きくなっていく。  鳴は嫌な汗が背中を伝っていくのを感じた。いくら現実逃避したところで、突き刺さる周囲の視線は現実だ。ヤバイ。このままだと殺される。殺されまではしなくても袋叩きは免れない。  鳴は右手を高々と上げると、 「はい、今いきます!」  叫びながら走り出した。  壇上に駆け登り、演台越しに雪生と対峙する。間近で見るとますます黒豹に似ている。引き締まった身体つきといい、炯々とした双眸といい、綺麗なだけではなくどこか獰猛さを感じさせるものがある。  しかし、今は男相手に見惚れている場合ではない。 「遅いぞ、相馬鳴。俺に呼ばれたらすぐに反応しろ」 「あのっ、生徒会長!」 「なんだ」 「俺は奴隷を辞退させていただきます」  雪生の奴隷になりたい新入生は掃いて捨てるほどいるみたいだ。だったら、鳴が辞退しても無問題だろう。どうぞ勝手に奴隷の座を争ってくれ。 「……辞退、だと?」  雪生は目を細めた。思わず直立不動の姿勢になる。  この美形は美形のくせになんだってヤクザ並みに迫力があるのだ。 「あの、俺は奴隷にはちょっと向いてないと思うので……」  他を当たってください、と続けると、 「ふざけるな!」  荒々しい罵声が下から飛んできた。

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