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入学式は悪夢のように 5
「桜さんに選ばれておきながら、断るなんて何様のつもりだ!」
「桜さんに土下座して謝罪しろ!」
「おまえみたいな奴には桜さんの奴隷になる資格はない!」
鳴の態度は新入生たちの激しい怒りを買ったらしい。鳴は向けられる罵声ときつい視線に震え上がった。
(俺はただ奴隷になりたくないって言っただけなのに……! そんな当たり前のこともここでは許されないの!?)
おかしい。この学園は異常だ。
「静まれ」
雪生の一言で体育館はしんと静まり返った。
「相馬鳴」
落ち着いた声に名前を呼ばれて、鳴はびくっと肩を竦めた。
「庶民にはキングに逆らう権利はない。諦めて俺の奴隷になるんだな」
「しょ、庶民?」
確かに鳴は一般庶民だ。父親はサラリーマン、母親は専業主婦、祖父は工場経営者。飼い犬のマルガリータはしがない雑種だ。
しかし、だからといって奴隷になる義務なんてあるものか。ここは現代日本だ。階級社会は遠い遠い過去の話だ。
「いいか、ここでは外の常識は通用しない。生徒会役員――キングは教師よりも権力を持っている。どうしても俺の奴隷になりたくないなら、ここを退学するんだな」
雪生は不敵に笑った。
無茶苦茶だ。人権はいったいどこにいってしまったんだ。いつから日本は独裁国家になったのか。
鳴は目眩がした。目眩のあまり倒れそうになりながらも、黒豹めいた少年の奴隷になるしかないのだと、心のどこかで悟っていた。
キング全員が奴隷を選び終えると、入学式はつつがなく終了した。
鳴は逃げるようにして寮の部屋に向かった。周囲の視線が肌に痛い。視線に質量があったら鳴の身体は全身穴だらけになっているに違いない。
壇上でのやり取りを目にしなかった新入生はひとりもいない。鳴は入学一日目にして、すでに知らない者のいない有名人になってしまった。
平々凡々に生きてきた身には、視線の矢も聞こえよがしのひそひそ話も堪え難い。
平凡に慎ましくされど陽気に。それが鳴のモットーだったのに。
(いったい俺がなにをしたって言うんだよ……! じいちゃんに言われてここに入学したたけじゃないか!)
憤懣やるかたない思いで自室に向かう。
鳴の部屋は二階の十三号室だ。荷物は先に届いてるはずなので、これから頑張って服や本を整理しなくては。
しかし、部屋に入った鳴はまたしても無情な宣告を受けることになったのだった。
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