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ルームメイトのご命令 4

 雪生の部屋はまるでラグジュアリーホテルの一室のようだった。  白いリネンのダブルベッドが左右におかれ、壁際にはアンティークの書き物机とやはりアンティークのキャビネットがならんでいる。四人部屋の三倍はありそうな広さで、テーブルとソファーのセットまで用意されている。  キャビネットの上には色取り取りの花。洗練されたデザインをしたブルーグレーのカーテン。  この部屋とさっきの四人部屋が同じ寮の一室だとは。これが格差社会という奴なのか。  雪生は白い布張りのソファーに深々ともたれかかり、悠然と微笑んで鳴を見ている。 「遅い。俺が呼んだらすぐにこいと言っただろ」 「そんなことより俺の荷物を今すぐに返してください!」 「おまえの荷物ならそこにある」  雪生は顎で右側のベッドの下を示した。よく見なくてもそこには段ボールや見覚えのある旅行鞄が積まれている。 「さっさと荷解きをして荷物を片づけろ。ベッドはそっちを、クローゼットは右側をつかえ」 「……えっと、その言いかただとまるでここで荷解きをしろと言ってるように聞こえるんですけど」 「そう言ってるんだからそう聞こえるだろうな」 「いや、あの、俺が指定されたのは一年生用の四人部屋なんですけど」 「言っただろ。キングは教師以上の権限があると。俺がここで暮らせと言ってるんだから問題ない」  あなたになくても俺には大ありです、と心で叫ぶ。口に出して叫ばなかったのは無駄なエネルギーを使いたくなかったからだ。  今日出会ったばっかりの、それも人を奴隷扱いするような先輩とひとつドアの向こうで暮らすなんてまっぴらだ。だいたい雪生だって鳴となんて暮らしたくないだろうに。毒にも薬にもならない自信はあるが、鳴のような平凡な人間と暮らしても面白みはまったくない。 「あの、嫌じゃないんですか。今日初めてあったばかりの、それも俺みたいなごくごく普通の奴と暮らすなんて」 「奴隷は主人の傍にいるものだろ。じゃないと、用を言いつけるのにいちいち呼び出さないとならない。面倒だ」  雪生はしれっとした表情だった。純白のソファーに半ば寝そべるその姿は、鳴しか見る者がいないのがもったいないほど様になっている。写真に撮ったらそのままなにかの宣伝に使えそうだ。 「っていうか、なんで俺なんです? 奴隷なんて奴隷になりたい人の中から選べばいいじゃないですか!」 「どうしておまえを選んだんだと思う?」  雪生は逆に聞き返してきた。 「それは、えっと――」  鳴は自分自身の取り柄を探そうとした。が、平凡のひと言につきる鳴にこれといった取り柄はない。 「あっ、人の悪口を言わないから!」 「子供か」 「だって、俺には他に取り柄なんてないし!」 「威張って言うことか」  なにがおかしかったのか雪生はくっくっと肩を揺らして笑った。鳴は目を瞠った。意地の悪い笑みや不敵な笑みなら先ほど見せられたが、楽しそうに笑うのを目にするのはこれが初めてだ。  笑うと年相応の子供っぽさが垣間見える。 「そうだな、俺がどうしておまえを奴隷に選んだのか、その理由がわかったら奴隷から解放してやってもいい」  雪生の口から思いがけない提案が出た。鳴はふたたび目を瞠った。

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