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罪と罰 1
「だったら、敬語の必要はないだろ。クラスメートが相手の時みたいに俺に話しかけてみろ」
「えっ、いやっ、でも」
同じ民族どころか同じ人間とも思えないくらい格差があるのだ。正直言って敬語のほうが気楽である。
「ま、まあ、それはそのうちいずれまたということで。とりあえず今はお茶ですよ、お茶。キッチンはこっちですか?」
壁にかかった白いカーテンを開けると、奥は簡易キッチンになっていた。小さなシンクとケトルの置かれている電磁調理器、それに細くて洒落た食器棚。
鳴が暮らすはずだった四人部屋にはこんなものはついていないはずだ。
「キングの部屋ってみんなキッチン付きなんですか?」
「ああ、そうだ。トイレと風呂も部屋についてるぞ」
「ベッドはふかふかだし、テーブルやソファーまであるし、すごく広いし……。キングだかなんだか知らないけど、ちょっと差がありすぎじゃないですか?」
世の中、不平等は当たり前だ。でも、ここは青少年を育む学び舎ではないか。人間がいかに不平等かを見せつけるのはいかがなものか。
「差があるのは当たり前だ。俺の家は春夏冬に多額の寄付をしているからな」
渡る世間は金次第ということか。夢も正義もない話だ。
「リーフティーというのは紅茶の茶葉のことだ。おまえはどうせティーバッグの紅茶しか飲んだことがないんだろ」
「決めつけるのはやめてもらえませんか」
「あるのか?」
「ないけど」
額を指で弾かれてしまった。
「紅茶の淹れかたにはいくつかコツがある。まず水は水道水を使え」
「えっ、海洋深層水とか外国のミネラルウォーターとかじゃなくていいんですか?」
「硬度の高い水はお茶には合わない。お茶に使うのは軟水だ。水道水は空気をたくさん含んでいるから柔らかくてお茶に合っている」
紅茶というとお嬢様の飲み物のイメージだったが、意外と庶民に優しい飲み物のようだ。
「水はしっかり沸騰するまで湧かせ。茶器は事前にお湯で温めておく。茶葉はお湯より先にポットに淹れておいて、お湯はなるべく高い位置から注げ。そのほうが空気が入って美味しくなる」
「えっ、ちょっ、ちょっと待ってください。そんなにいっぺんに言われても」
「ああ、おまえはアホだったな。すまない、忘れていた」
謝罪されたというのに腹が立つのはどういうわけだ。
雪生はひとつひとつ説明しながら鳴に紅茶を淹れさせた。お湯の入ったティーポットに青い薔薇の描かれた布の蓋(ティーコジーと呼ぶらしい)を被せてテーブルへ運ぶ。
「紅茶は最後の一滴まで残さず注げ」
「意外と貧乏くさいことを言うんですね」
雪生に初めて親近感を抱いたのに、またもや額を指で弾かれてしまった。
「紅茶の最後の一滴はゴールデンドロップといって、いちばん美味しいと言われてるんだ。ケチで言ってるわけじゃない」
「へー……」
紅茶の世界は奥が深いようだ。鳴にとっての紅茶とはお湯にティーバッグを浸して赤茶色に変色させるだけのものだったのに。
雪生の手ほどきを受けて淹れた紅茶は薫り高く美味しかった。家でごく稀に飲んでいたティーバッグちゃぱちゃぱの紅茶とは段違いだ。
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