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罪と罰 2

「美味しい……」 「まあまあだな。今度からは俺の指導なしでもっと美味しく淹れろ」  雪生は先ほど寝そべっていたソファーに足を組んで座っている。  ティーカップには繊細なタッチで花が描かれている。門外漢の鳴にはさっぱりだがきっとお高いカップなんだろう。  紅茶を飲み終わった鳴は床に置きっぱなしになっている荷物を片づけることにした。  片づけている間中、雪生は反対側のベッドに座って鳴をながめていた。やりづらいことこの上ない。  いくら相手が男とはいえ観察するかのごとく見つめられては落ち着かない。相手が美形なので余計にだ。  今日からこの美形と共にこの部屋で寝起きするのか。  そう思うと気が遠くなってくる。せめて雪生が鳴みたいに平凡な容姿だったらよかったのに、と考えて、自分みたいな容姿の奴にこんな尊大な態度を取られたら無茶くちゃ腹が立つな、と思い直す。  いきなり奴隷に指名された挙げ句、人を人とも思わない態度を取られてもそこまで腹が立たないのは、一重にこの容姿のせいだ。  可愛いは正義という言葉があるが、美形もまた正義である。 「片づけが終わったなら寮を案内してやる。おまえは受験組だからどこになにがあるのかわかっていないだろ」  思いがけない科白だった。  尊大で傲慢な男だが親切な一面もあるようだ。そういえば紅茶だって同じものを飲ませてくれた。奴隷は泥水でも啜っていろと言われるかもと思っていたのに。 「ちょっとは親切なところもあるんですね。意外です。びっくりしました。その優しさで俺を奴隷から解放――」 「しない」 「……デスヨネー」  まあ、いい。雪生が鳴を奴隷に指名した理由がわかれば奴隷生活から解放されるのだ。それまでの辛抱だ。  雪生は飲み終わったカップを差し出してきた。洗えということだろうと思って手を伸ばすと、逆に手首を掴まれた。  えっと思った時にはソファーに押し倒されていた。ふんわりとやわらかいソファーは軋みひとつ立てずに鳴の背中を受け止めた。  真上に雪生の顔がある。  笑っている。意地の悪い顔でも素直な笑顔でもない。妙に色気を感じさせる微笑に背中がぞくりとした。 「な、なん――」  顔が近づいてきた、と思ったら、唇になにか触れた。  鳴は両目を限界まで見開いて雪生の顔を凝視した。たぶん恐らくきっと雪生にキスされた。 「な、な、な、なにするんですか、あんた……っ!」  鳴は思わず雪生の唇を拭った。よくもまあこの綺麗な顔で男の鳴にキスなどする気になったものだ。嫌がらせなのはわかっているが自分自身だってダメージを受けるだろうに。 「どうして人の口を拭うんだ」 「だって、なんか申し訳なくって。被害者だけど同時に加害者の気分っていうか――って、そんなことはどうでもよくって! なんでキスなんかしたんですか! セクハラです! モラハラです! 人権侵害です!」 「おまえが俺の命令に背くからだ」 「ちゃ、ちゃんとお茶を淹れたじゃないですか! そりゃあ生徒会長が淹れるほど美味くなかったかもし――」  言葉が途切れたのはふたたびキスされたからだ。

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