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罪と罰 3

 男でも唇は柔らかいんだな。女の子はもっと柔らかかったりするんだろうか。雪原のごとく真っ白に染まった思考でぼんやりとそんなことを思う。 「だっ、だから! なんでっ! キスするんですかっ!」 「おまえが俺の言いつけを守らないからだ」 「言いつけ――?」  雪生はさも偉そうにうなずいた。鳴にとってはご主人様なので実際に偉いわけだが。 「名前で呼べ。敬語を使うな。俺がお前に命じたのはこのたったふたつだ。たったふたつの簡単な命令も守れないなんてどれだけ低脳なんだ、おまえは」 「だったらそんな低脳なんて奴隷に選ばなきゃよかったでしょ!」  ソファーから逃れた鳴は雪生を睨みつけた。 「だいたい! そーんな偉そうな態度を取っておきながら、名前を呼び捨てろとか敬語を使うなとか、そんなこと言われたって急速に対応できるわけないでしょ! 口が勝手に敬語になっちゃうんです! 呼び捨てとかむっちゃしにくいんです! そういうことを言うならもっと親しみやすくフレンドリーな態度を取って下さい!」  鳴はそれほど気が短いたちではないし、今まで家族や友人相手にキレたことはほとんどないが、この時ばかりは盛大にキレた。 (俺のファーストキスだったのに……! 初めてのキスは初めての彼女とするって決めてたのに!)  男に奪われてしまった。それも連続で二回も奪われてしまった。 「俺には親しみが足りないか?」 「足りません! 圧倒的マイナスです!」  ソファーに身を起こした雪生は顎を撫でながらなにやら考えこんだ。 「そうか、じゃあ、おまえが俺を名前以外で呼んだり、さんや様をつけたり、敬語を使った時は罰としてキスすることにしよう」 「――――」  言っている意味がわからない。この人、賢そうに見えるけど実はとんでもない馬鹿なのかもしれない。 「いやっ、その結論おかしいでしょ!」 「おまえが俺に親しみを持てるようにスキンシップを密にすることにした。いいアイデアだろ?」  雪生は美しく微笑んだ。  鳴はほとんど卒倒せんばかりの状態だった。わけがわからない。入学式からわけのわからないこと続きで、そろそろ精神力の限界だ。 「……雪生、あんた馬鹿だろ」 「なんだ、やればできるじゃないか」  ソファーから立ち上がった雪生は鳴の頭を撫でてきた。子供か犬にするような手つきで。手を払いのける気力もなくされるがままになっていると、またもや顔が近づいてきた。 (アップになっても粗の見つからない綺麗な肌だな……)  などとぼんやり思っている場合ではなかった。キスされたと気づいたのは、ちゅっという軽い音が聞こえた後だった。 「命令を守ってるのになんでまたキスするんだよ!」  慌てて飛び退いたがもう遅い。おまけに飛び退いた弾みにテーブルで足をぶつけてしまった。痛い。身も心も痛い。 「今のはご褒美のキスだ」 「――――」  つまり命令を守ろうが破ろうが、どちらにせよキスはされるということだ。  おかしい。狂ってる。この学校も綺麗なご主人様もすべてが狂っている。  鳴は春夏冬学園を押しつけた祖父を激しく深く熱く恨んだ。これ以上はないというほど恨みまくった。

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