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最初の晩餐 1

 雪生の部屋にもどった時には、鳴は倒れる寸前だった。  人畜無害をモットーに生きてきた鳴は、人の敵意を浴びることに慣れていないのだ。  ぐったりして羽毛布団の上に倒れ込むと、雪生は首根っこをつかんで引っ張り上げた。 「そろそろ夕食の時間だ。私服に着替えたら食堂にいくぞ」 「……人を猫みたいに持たないでいただきたい」  しかし、食事は大切だ。この学園は食事に力を入れていると聞いている。家では出てこないようなもの、ローストビーフだとかオマール海老だとかフォアグラだとかが出てくるかもしれない。  今となっては食事だけが鳴に残された楽しみだ。  鳴はつい今までぐったりしていたのを忘れて、速やかにベッドを降りて速やかに薄手のセーターとジーパンに着替えた。  雪生のほうは黒いタートルネックにやはり黒いほっそりしたシルエットのパンツという姿だった。  そういう格好をするとますます黒豹めいている。  食堂は寮の二階にある。先ほど雪生に案内してもらったので知っている。  庭に面している壁は硝子張りで、美しく整えられた庭を見下ろしながら食事を楽しめるようになっているそうだ。  鳴たちが入っていくと、さっそくあちらこちらから視線が飛んできた。 「……あれが桜さんの新しい奴隷だって?」 「見たことのない顔だけど、まさか受験組?」 「冴えない顔だけど、あれで桜さんの奴隷が務まるのかな」 「しかも、今シーズンの奴隷はあれひとりらしいよ」 「じゃあ、今までの奴隷は?」 「全員解放、ということだろうな」  ひそひそ話のつもりなのかもしれないが、鳴の耳にはばっちり聞こえている。  いたたまれない。  鳴は肩を小さくした。 「奴隷の食事代はキング持ちだ。好きなものを選べ」  周囲の声が聞こえているのかいないのか、雪生は表情ひとつ変えない。オーダーのカウンターの前に立ち、本日のおすすめメニューが書かれた黒板をながめている。 「えっ! じゃあ、いちばん高い物を三人前、あ、やっぱり五人前で」 「おまえな」  手加減なしに頬を抓られた。 「いひゃい! いひゃいって! いちいち頬を引っ張るなよ! 顔が伸びたらどうしてくれる!」 「俺と同じ物でいいな。桜鯛のムニエルと有機野菜のサラダ、スープとパンもつけてくれ」 「かしこまりました、桜様」  雪生がカウンター越しに注文すると、コック帽を被った壮年の男は恭しく返事した。  鳴は魚より肉がよかったが、文句を言うとまた頬を引っ張られかねない。 「キングの席は決まっている。窓際の中央のテーブルだ」 「へー、そうなんだ。じゃあ、また後で」  束の間、雪生から離れられると思ったのだが、雪生は鳴の腕を掴んできた。

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