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バスルームにて 2
「なにをやってるんだ、おまえは」
呆れきった声が頭上から降り注いだ。
見上げると、声以上に呆れきった眼差しとぶつかった。
いつの間にか水流は止まっている。雪生が止めてくれたらしい。
「……し、死ぬかと思った」
「叫び声が聞こえたからきてみれば……。高校生にもなって風呂もまともに入れないのか、おまえは。俺の想像以上のマヌケだな。いや、おまえをマヌケ呼ばわりしたらマヌケという言葉に失礼だ。おまえのマヌケさ加減を言い表すための新しい言葉が必要だな」
つけつけと毒を吐かれても、言い返す言葉はひとつもない。
鳴は口元まで湯に浸かり、雪生の罵りを黙って聞いていた。
「少し待っていろ」
雪生はそう言い残してバスルームから出ていった。
待っていろ、ってなにを待つんだ。
鳴の疑問に答えるかのように、バスルームのドアが開いて雪生が入ってきた。なぜか全裸で。
「ちょ、ちょっと! なんで裸で入ってくるんだよ!」
「風呂で裸なのは当たり前だろ」
雪生は愚かな質問をするなと言わんばかりの表情だ。腰に片手を当ててバスタブの中の鳴を見下ろしている。
全裸だというのに少しも臆することのない堂々たる態度に、鳴は半分感心して半分呆れた。
「いや、あの、俺がまだ入ってるんだけど」
「おまえが風呂で溺れないように見張っていてやる。こんなところで死なれたら俺の責任問題になりかねないからな」
「二度も風呂で溺れるほど馬鹿じゃないよ」
「普通は一度だって溺れないんだ」
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
雪生はシャワーで身体をざっと流すと、鳴にお構いなしに浴槽へ入ってきた。
なんだって今日出会ったばかりの相手と一緒の風呂に入っているのか。考えれば考えるほど奇妙なシチュエーションだ。
鳴は向かい合わせで風呂に浸かっている雪生をちらりとながめた。
細身に見えるが意外と筋肉がついている。腹筋なんてシックスパックだ。
鳴は腹筋に触ってみたい欲求に駆られた。テレビでは見たことがあるが、実物を目にするのは初めてだ。
どのくらい硬いのか触って確かめてみたい。が、頼んだところで雪生が触らせてくれるわけがない。罵られ、蔑まれるだけだ。
「うひゃっ!」
奇っ怪な声が出た。雪生がいきなり腹を揉んできたからだ。
「なんだこのふにふにした腹は」
「大きなお世話だ! 放っておいてくれ! っていうか、断りもなく人の腹を揉まないでいただきたいんだけど!」
「奴隷の身体をどうしようが、主人の俺の勝手だ」
一年後には指の一本や二本、内臓のひとつやふたつなくなっていそうな言い草だ。
鳴は風呂の中でぶるっと身震いした。奴隷に選ばれた理由を早急に見つけなくては、生きてここから出られないかもしれない。
「おまえがどれだけ怠惰な生活をしてきたのか、この腹が語ってるな」
「だから! 人の腹を揉むなってば! それに俺の腹は至って普通だから! 太ってもいなければ腹が出てもいないから!」
雪生の手から逃れようとするうちに、鳴は浴槽の隅に追いつめられていた。
目の前に雪生がいる。片手で鳴を閉じこめるようにして、不埒な微笑を浮かべている。その微笑のせいか、それとも濡れた髪や肌のせいか、匂い立つ色気にむせ返りそうになる。
鳴はごくりと唾を呑みこんだ。鳴が女だったら盛大に萌えるシーンなのかもしれないが、生憎と鳴は男だ。嫌な予感しか感じない。
「もう少し筋肉をつけろ。奴隷はハードワークだからな。弛んだ身体じゃ奴隷の仕事をこなせないぞ」
「わ、わかったから、ちょっと離れ――きゃーーーっ!!!」
自分のものとは思えない甲高い悲鳴が迸った。
雪生が股間を揉んできたからだ。
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