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バスルームにて 3
「な、な、な、なんっ、どっ、どこ触って――」
雪生の肩を押しやっても、足をバタつかせても、手の動きは止まらない。水しぶきが無駄に上がるだけだ。
「ちょっ、やめっ! やめろって! 今すぐやめないと、セクハラで訴えるからな!」
鳴はほとんど涙目だった。
十五年間生きてきて、そんなところを触られるのは生まれて初めてだ。相手が色っぽい年上のお姉さんならともかく、色っぽくて年上ではあるがお兄さんでは嬉しくもなんともない。
「これはただの触診だ。奴隷の健康管理も主人の役目だからな。セクシャルでもなければハラスメントでもない」
「俺の股間はちゃんと健康だから! 触診なんて必要ないから!」
「そうみたいだな。ちゃんと勃ってきた」
「――――」
こんな状況だというのに反応する身体が憎い。
雪生をぶん殴ってもこの場から逃げ出そう。鳴が決意するのと、雪生の手が離れたのはほぼ同時だった。
「今日の健康チェックはこれくらいにしておいてやる。入学したばかりでおまえも疲れただろうからな」
助かった。あのまま揉まれ続けていたら雪生の手でいかされてしまうところだった。
鳴は髪や身体を洗うのもそこそこに、慌てて風呂場を後にした。裸で雪生の傍にいるのはあまりにも危険だ。
お綺麗な顔をしたご主人様はどうやら常識というものが著しく欠けているようだ。常識のある人間は今日出会ったばかりの同性の股間を揉んだりはしない。
どうして選りに選って雪生の奴隷に選ばれてしまったのか。太陽や翼だったらまだよかったのに。
もう嫌だ。おうちに帰りたい。
鳴は半泣きになりながらベッドに潜りこんだ。
(母さんたち、今ごろどうしてるかな……。テレビを見ながらみんなで笑ってるかな。俺がいなくなってマルガリータは淋しがってないかな……。俺は淋しいよ、マルガリータ。母さん、父さん、じいちゃん――)
ぐすぐすと泣きながら眠りに落ちかけたときだった。無情な手が鳴をベッドから引きずり下ろした。
「勉強を教えてやると言ったのをもう忘れたのか? おまえの脳のキャパシティは鶏レベルだな」
床に手をついた格好で見上げると、ルームウェアに着替えた雪生と視線がぶつかった。
鳴を疲労困憊に追いやった張本人はいたって爽やかな表情だ。これだけやりたい放題やっていればストレスなんて溜まるはずもない。そのぶん鳴にストレスが向かっているわけだが。
「さっさと机に向かえ。寮の消灯時間は十一時だ。それまでしっかり勉強をみてやる」
「……もう寝る。俺のことは放っておいていただきたい」
「なんだ、独力で学年十位以内に入る自信があのか。たいしたものだな」
そうだった。学年十位以内に入らなくては夕食抜きの拷問が待っているんだった。
鳴はしょうがなく立ち上がり、しょうがなく机に向かった。
それから三時間余り、雪生の淡々とした罵りを受け続けた鳴は、この学園に入学したことを後悔し、祖父の孫であることを後悔し、ついには生まれてきたことを後悔したのだった。
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