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ご主人様は友達がいない 1

 長い長い一日が終わり、目が覚めるとそこは住み慣れた我が家だった。  などと鳴に優しい展開が待っているわけもなく、冷徹な声が鳴を泥のような眠りから引きずり上げた。 「さっさと起きろ。奴隷のくせに主人より遅くまで寝てる奴があるか」  起きたくない。起きれば無情な現実が待っている。が、声に逆らえばもっとずっと無情な目に遭わされるのは昨日一日で身に染みてわかっている。  鳴は鉛のように重たい瞼を開けた。  鳴の主人――桜雪生はベッドの端に腰を下ろし、冷ややかな眼差しで鳴をながめている。ご主人様はすでに制服に着替え終わり、黒いつややかな髪にも乱れがない。その姿は優雅な黒豹さながらだ。 「おはよう、鳴」 「……はよ」  ぐっすり眠ったはずなのに泥がつまっているみたいに頭が重い。身体も重い。心も重い。  なにしろ昨日はさんざんな一日だった。わけのわからないままに奴隷に選ばれるわ、妬みそねみの視線を浴びせられるわ、ファーストキスを奪われるわ、股間は揉まれまくるわ。思い出しただけで泣きたくなる。 「……いま何時」 「六時だ」 「……七時になったらまた起こして」  鳴は頭から布団を被った。春夏冬の始業時間は八時半だ。あと一時間は余裕で眠れる。  しかし、雪生は無慈悲に布団を剥ぎ取った。 「六時から七時は朝の学習時間だ。パンフレットに書いてあったのを読んでないのか?」  そういえばそんなようなことが書いてあった気がする。入学式から衝撃的なできごとが多すぎてすっかり忘れてしまっていた。 「明日からは六時には勉強を開始できるように、五時半に起きて身支度を整えろ」 「五時半って……そんな鶏じゃないんだから……」 「鶏にできるならおまえにもできる。脳みその容量は同レベルだからな」  つくづくとことんどこまでも口の悪いご主人様だ。ムッとして睨みつけると、雪生はふっと目許を和ませた  鳴は目を擦った。雪生とは思えない柔らかな笑みだったからだ。疲れのあまり幻覚を見てしまったんだろうか。  次の瞬間には雪生は冷然とした無表情にもどっていた。やっぱり幻覚だったようだ。  鳴は渋々ベッドから出た。部屋についている洗面台で顔を洗い、まだ着慣れないシャツとスラックスを身につける。 「英語のテキストを出せ。おまえは英語と数学が特に弱いから、朝はこの二教科を重点的に教えることにする」 「えっ、いや、予習復習くらいひとりでできるから。あんただって自分の勉強があるでしょ」

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