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青いノートの秘密 1
始業式とその後のホームルームがつつがなく終わると、雪生は宣言通り鳴を迎えにきた。
雪生の姿が見えただけで教室の空気が一変する。顔立ちがただ整っているだけじゃなく、纏っている空気が鮮烈なのだ。
アイドルとしてデビューしたら速攻で人気が出そうだ。毒舌系アイドル。新しいかもしれない。
「鳴、いくぞ」
ドアのところから呼ばれて、鳴は慌てて立ち上がった。
「瀬尾君、また明日」
あいうえお順で前の席になった朝人に、さようならの挨拶をしてから教室を出る。
雪生効果のおかげか、クラスメートは誰も鳴に絡んでこようとしなかった。鳴をちらちら見てくるのは変わらなかったが、それくらいは良しとしよう。視線で人は死んだりしないし、怪我をすることもない。
願わくば明日からも誰にも絡まれませんように、と心で祈る。
「生徒会室ってどこにあるの」
「東校舎の最上階だ」
「それなら俺が雪生を迎えにいったほうが早かったんじゃない?」
雪生は隣を歩いている鳴をちらりとながめた。
「東校舎には二年の教室がある。上級生たちに絡まれたければ、それでもよかったけどな」
「……絡まれたくないです」
鳴を気遣ってわざわざ西校舎まで足を運んだ、ということだろうか。
「この尊大で俺様極まりない桜雪生が? まっさかー」
「おい、マヌケ。声に出てるぞ」
「……しまった」
正直な気持ちがついうっかり声になってしまった。
恐る恐る雪生に目をやると、極寒の眼差しとぶつかった。
「やっぱり、おまえは一度厳しく躾ける必要がありそうだな。近いうちにおまえ用に乗馬の鞭を取り寄せるか」
「いやいやいや! そんな物騒なもの取り寄せなくっていいから!」
高校生にもなってお馬さんごっこはご勘弁いただきたい。しかも、馬役なんて冗談じゃない。そんなことをさせられたら末代までの恥だ。
東校舎を昇っていくにつれ、生徒の姿が少なくなっていく。
五階の廊下に至っては無人だった。大きなアーチ窓が並んだ幅広の廊下を、雪生と並んで歩いていく。
「ここが生徒会室だ」
雪生は両開きのドアの前で立ち止まった。理事長室さもなくば社長室といった風情の重厚なドアだ。
「……これが高校の生徒会室のドア?」
学費の無駄遣いとしか思えない。このドア一枚だけで鳴の学費一年分が飛んでいきそうだ。
雪生は大きなドアを押し開けると、さっさと中に入っていった。鳴もその後に続く。
ドアから想像がついていたが、生徒会室は金持ち学校にふさわしく豪奢だった。
まず第一に広い。だだっ広いと言ったほうがいいかもしれない。ダンスパーティーが開けそうなくらいの広さで、天井も高い。
床は乳白色の大理石、天井にはホテルのロビーのようなきらびやかなシャンデリア。部屋の中央には貴族が会食に使用しそうな長いテーブルが据えられている。
金というのはあるところにはとことんあるらしい。
鳴は格差社会をしみじみ実感した。
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