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青いノートの秘密 4

「宮村か。今は会議中だ。用があるなら終わってからにしてくれ」  雪生は感情の窺えない声で言うと、それで話は終わりだと言わんばかりに資料に目を落とした。  宮村と呼ばれた少年は一瞬怯んだ様子を見せたが、唇を引き締めるとテーブルの最奥の席――雪生のところまで大股に歩いてきた。  どうやら雪生に言いたいことがあるらしい。 「俺の言葉が聞こえなかったのか」  雪生の声は冷ややかなまでに淡々としている。鳴だったらそのひと言で瞬間冷凍されているところだが、宮村は怯まなかった。 「会議中に申し訳ありません。無礼は承知の上です。どうしても納得いかないんです。どうして僕が奴隷を解雇されたんですか!?」  どうやらこの少年はかつての雪生の奴隷らしい。奴隷を解雇なんて喜ばしい限りのように思えるが、彼にはそうではないようだ。 「解雇されても文句は言わない。新たに選ばれた奴隷を恨まない。契約書にそう書いてあるはずだよ。……ま、文句を言いたくなる気持ちはわかるけどね」  遊理は鳴をちらりとながめた。新たに選ばれた奴隷がこれでは契約を破って文句を言いたくなるのもわかる、と言わんばかりの口振りだ。 (契約書なんてあるんだ。俺まだ見せてもらってもないんだけど) 「会長が奴隷を十人選ばれた上で僕を解雇されたのなら、まだ納得がいきます。でも、選んだ奴隷はひとりだけで、前年度の奴隷は全員解雇なんてひどすぎます。僕は、僕たちは心を尽くしてお仕えしてきたつもりです」  声は涙交じりだった。鳴には少しも理解できない価値観だが、どうやらここの生徒たちにとって奴隷に選ばれるのは大変な名誉で、解雇されるのは相当な屈辱のようだ。  雪生は身体の向きを変えて元奴隷に向き直った。 「宮村や他の奴隷たちに不服があったわけじゃない。君たちはとてもよくやってくれた。前年度の途中から生徒会長を務めることになったが、無事に役目をこなせたのは君たちのおかげだ。手紙にも書いたが、心から感謝している」  先ほどまでの冷ややかさが嘘のように温かみのある声音だった。 「手紙は読みました。感謝の気持ちとして同封されていたコインケース、あれは僕の趣味に合わせて選んでくださったんですよね。手に取った時ほんとうに嬉しくて、でも、同時に哀しくて……。僕は手紙やプレゼントよりも奴隷の権利が欲しかった。僕が会長のお役に立てていたのなら、どうして僕を解雇したんですか……!?」 「俺には奴隷は十人も必要ないと判断したからだ。自分自身の力を試すためにも、今年度は奴隷をひとりだけ選ぶことにした。それもこの学園のことをよくわかっていない受験組の中からだ」  宮村の視線が鳴にひたと据えられた。鋭く強い視線を向けられて、鳴は思わず身構えた。

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