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青いノートの秘密 6
その後は闖入者が現れることもなく、初会議は滞りなく終了した。
雪生と共に寮にもどった鳴は、食堂で遅めの昼食を摂ってから部屋へ帰った。まだ一日の半分が終わっただけなのに、なんだかぐったりしてしまった。
クラスメートたちに詰め寄られたのが、かなりの精神的ダメージになったようだ。
鳴は勉強机の椅子にぐだっともたれかかり、すぐ傍で着替えている雪生をぼんやりとながめていた。
頭の中に新品の青いノートが浮かび上がる。果たしてあのノートが意味するものはなんなのか。
鳴がクラスメートから糾弾されることを見越して、雪生が自分の鞄に忍ばせておいたのか。それとも、ほんとうにうっかり紛れこんだだけなのか。
鳴を助けるためにしてくれたことならお礼が言いたい。ありがとうとごめんなさいは人間関係の基本中の基本だ。相手が理不尽なまでに尊大な雪生でもそれは同じだ。
だけど、と鳴は思う。
もし違ったら、「この俺が奴隷のためにわざわざそんなことをすると思うのか。思い上がるな、このマヌケ」くらいの罵倒は浴びせられかねない。それも業腹だが、鳴の勘違いを利用して、「ああ、そうだ。おまえを助けるためにこの俺が仕組んだことだ。わかったら盛大に感謝しろ、このマヌケ」と嘘を吐かれたらもっとずっと腹立たしい。
いったい真実はどこにあるのか。それがわからなくてはおちおち「ありがとう」も言えやしない。
「さっきから人をじろじろ見てどうしたんだ」
雪生はネクタイを解きながら、怪訝そうな目で鳴を見つめた。
ただネクタイを解いているだけなのに、嫌になるくらい様になっている。鳴が女子だったら床の上を萌え転がっているかもしれない。
動画に撮ってウェブにアップしたら、再生回数がかなり稼げそうだ。
「つかぬことをお伺いしますが、ユーチューバーなるおつもりは――」
「あるわけないだろ」
「デスヨネー」
「言いたいことはそれだけか?」
この際だ。ノートのこともついでに訊いてしまおう。違っていたらその時はその時だ。
「あのさ、ノート――あっ、そうだ!」
ノートについて訊ねかけた鳴は、それよりももっと重大なことを思い出した。
「なんだ、いきなり大きな声を出して」
「雪生、契約書ってなに?」
奴隷とキングの間に契約書が存在するなんて初耳だ。もちろん鳴はそんなものにサインをした覚えはない。
「契約に関する当該事項を記載した書類のことだ」
「そういう辞書的な説明を聞きたいんじゃなくって! 奴隷と交わす契約書があるんでしょ! 俺、そんなの聞いてないんだけど」
「話してないからな」
雪生はシャツを脱ぎながらあっさりと言った。文句を言いかけて、慌てて目を逸らす。
男同士なんだから目の前で着替えたところでどうということはないのだが、この妙に色っぽい人が相手だとなんだか見てはいけないものを見ている気分になってしまう。
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