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王様の元カノ 5
朝人『それが桜先輩が生徒会長になって変わったんだ。ほんとにすごいよ、桜先輩って』
鳴『そういえば去年の途中から生徒会長になったんだよね。なにかあったの?』
途中で生徒会長が変わるなんてあまり聞かない話だし、そもそも一年生が会長に選ばれること自体めずらしい。
朝人『うーん、話すと長くなるんだよ』
朝人『休み時間はゆっくりしゃべれないから、週末に時間作ってもらえないかな』
朝人『そのとき説明するよ』
鳴『ありがとー! じゃあ、土曜日の午後でいい?』
確かに文字でのやりとりは時間がかかるし、こみ入った話には向いていない。
朝人と約束を取りつけてスマホを切ろうとしたときだった。
「いつまでごそごそやってるんだ」
ベッドが揺れたと思ったら、雪生が布団に片手をついて鳴を見下ろしていた。シンプルな黒いルームウェアがよく似合っている。鳴にはよくわからないが、きっとお高いブランド品なんだろう。
「友達にメッセージでこの学校のことを教えてもらってたんだよ。まだわからないことばかりだから」
雪生に訊いてもいいのだが、本人に関する疑問も多いので訊きづらい。訊いたところで素直に話してくれるとも思えないし。
「ああ、瀬尾とかいうクラスメートか、おまえの前の席の」
さらりと言われた言葉にぎょっとする。
「よくわかったね。友達っていうのが瀬尾君だって。俺、名前教えたっけ?」
「在校生の名前と顔は全員把握している」
「……はー、雪生ってやっぱり変態だね」
「やっぱりってどういう意味だ。というか、誰が変態だ」
「あっ、いや、変態レベルで凄い記憶力だなーって」
あはははは、とわざとらしく笑う。
雪生の手が鳴の前髪を掻き上げる。目と目が合った。どきっとした次の瞬間、口づけられていた。
しっとりとした唇を押しつけて、すぐに離れる。
「……で、これはなんのキスなわけ」
この手のことに免疫がない鳴も、さすがに慣れてきた。麻痺してきたと言ったほうが的確かもしれないが。
「なんのキスって、おやすみのキスに決まってるだろ」
わかりきったことを訊くな、と言わんばかりの口調だった。
昨日と今日でいろいろな理由をつけて何度もキスされたが、けっきょくこの人はキスがしたいだけなんだ。ということがわかってきた。
酔うとキス魔になる人間の話は聞いたことがあるが、雪生は素のときでもキス魔のようだ。
この容姿じゃなかったら、とっくに訴えられてとっくに鉄格子の向こう側にいるはずだ。
男の鳴でさえ「まあ、いいか」で済ませてしまうのだから、女子ならむしろご褒美だろう。
「今日は慣れない仕事で疲れただろ。ゆっくり休め。明日からはもっと扱き使うからな」
鳴の前髪をいじりながら、二度と目覚めたくなくなるようなことを言う。
明日からのことを思うと溜息しか出ない。
次の四月まで身も心ももつだろうか。
「おやすみ、鳴」
雪生は甘やかすような声で言うと、もう一度キスしてからベッドを離れた。
一体これで何度目のキスなのか。出会って二日目なのにもうわからない。
明日起きたらキスするのはやめてくれるように頼んでみようかと思ったが、
(いや、雪生のことだからそんなことを頼んだら、ますますしてくるに決まってる)
鳴は思い直すと、頭から布団を被った。
三十六計逃げるにしかずという言葉があるが、鳴の座右の銘は「三十六計寝るにしかず」なのだった。
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