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青いノートの秘密 8
「この嘘吐き! 詐欺師! 悪党! 悪魔! 変態! 嘘を吐くと死んだら閻魔様に舌を抜かれるんだからな!」
「おまえは小学生か」
鳴は椅子から立ち上がると思いつくまま罵詈雑言を口にしたが、雪生はいたって涼しい顔だ。
さっきの物悲しそうな表情はいったいなんだったんだ。こっちは本気で胸が痛んだというのに。
雪生ならアイドルとしてやっていけると思ったが、どうやらアイドルよりも役者のほうが向いているようだ。さもなくば適正職業は結婚詐欺師だ。
「あっ、うっかり拇印は押したけど、でも、そのサインは俺の直筆じゃないぞ! そんな契約書は無効だ、無効!」
「ああ、これは手を怪我していて書けなかったから代筆したんだ」
「代筆したんだ――って、本人を目の前にいけしゃあしゃあと嘘を吐くな!」
「嘘じゃないさ。AとB、対立するふたつの説があるのなら、信じる人間が多いほうが真実だ。事実なんてたいした問題じゃない」
鳴は絶句した。要するに鳴と雪生なら事実がどうあれ周囲は雪生を信用する、と言っているのだ。受験組で友人のほとんどいない鳴と、生徒会長で奴隷志願者が山といる雪生だったら、誰もが雪生を信じるに決まっている。
「あんたには正義とか良心ってものがないのか!?」
「もちろんある。おまえに対しては働かないだけだ」
「――――」
鳴は両手をきつく握り締めて雪生を睨みつけた。視線で人が殺せるものなら殺してやりたい。
いや、いくら相手が雪生でも殺すのはやりすぎだ。箪笥の角に足の小指を十回連続でぶつけるとか、どうやっても取れない寝癖がつくとか、シックスパックが三段腹になるとか、そのあたりの呪いが適切だ。
「契約を破ったら退学だと校則で決まっている。さあ、どうする?」
雪生は唇の両端をつり上げて笑った。この男の背中に真っ黒い翼が生えていたとしても驚かない。むしろないほうが驚きだ。
「わかった。奴隷をやるよ」
鳴があっさり了承したのが意外だったのか、雪生は訝しげな表情で鳴を見つめた。
「あれだけ抵抗しておきながら、いきなり聞きわけがよくなったな」
「退学にはなりたくないからね」
退学して家に出もどったら就職活動が待っている。
奴隷と言っても巨大な石臼を延々と動かし続けたり、鞭や蝋燭でいたぶられるわけではなさそうだ。(もっとも鞭のほうはどうなるかわからないが)
だったら奴隷のほうがまだマシだ。
それに、雪生がどうして鳴にここまで拘るのかますます気になってきた。
鳴みたいな人間はどこにだって転がっている。成績も見た目もいたって普通。性格もごくごく普通の少年だ。
なのに、雪生は鳴を選んだのだ。契約書のサインを偽造してまで。
理由を突き止めたい。
じゃないと気になってしかたがない。
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